「そりゃあ不健全だぜ、パトリックさんよ」
「不健全なのはお前の頭だ」
 調理器具を並べるパトリックは、苛立たしげにため息をついた。
 コーデリアにお菓子の作り方を教えると約束した放課後の調理室には、なぜかレイモンがいた。そして、なぜかレイモンはコーデリアが来ることも知っていた。
 どこでその情報を仕入れたのかわからないが、パトリックからしたらそんなことはどうでも良い。彼にとって、ただ迷惑ということだけが事実だからだ。
 帰れと言ったところでレイモンが動かないのを十分に理解しているパトリックは、出来るだけ口をきかないように心がけた。が、レイモンはそれを知っていて、彼の神経を逆撫でするような台詞を選ぶ。
「高校生の男女が二人っきりって、ネェ?」
 どうなのよ、とレイモンは意味有り気に笑う。とうとうパトリックは、その脳天に容赦ない拳骨を落とした。
「い゛っ……てぇ!」
「鍋じゃないだけ感謝しろ」
 もっとも、鍋を使わないのは衛生面を配慮したためだが。
 そして、こちらもまた限界がきたらしいレイモンが、頭をさすりながら立ち上がった、その時。
「いた!」
 レイモンの背中に高い声が突き刺さった。何事かと、背後に顔を向ける。その瞬間、レイモンの頬が引きつり、パトリックの口端が上がった。
「やっと見つかった……。いろいろと、話したいことがあるのよ」
 扉の前に立っていたのは、コーデリアとラベールだった。

 ラベールから渡されたプリントに目を通して、レイモンは「うげえ」と蛙の潰れたような声を吐いた。
「大会に出ろって?」
 ラベールが持って来たプリントは、彼女が所属する弓道部の大会の案内だった。部に入っていないレイモンに、助っ人のような形で出場しろ、ということだ。
「出ろじゃない、出るのよ。もうあなたの名前で出場決まってるから」
「はあ!?」
「いいでしょ。あなたがこういうことに精を出すの、パトリックも喜んでるみたいだし」
 わざとらしく名前を挙げて、ラベールは彼に視線をやった。エプロン姿のパトリックは、ボウルの中で生地かき混ぜるコーデリアに、身振りを織り交ぜながら何か説明をしている。レイモンは、目を細めた。
「なんなら、お弁当作ってくれるように頼むわよ?」
「自分で言うからいーよ」
 先ほどとは打って変わって、レイモンの声音が静かになる。二、三度まばたきをしたラベールは、ふふと笑みを漏らした。
「私、コーディーがパトリックと調理室に行くって言うから、もしかしてと思ってついてきたんだけど……あなたって、わかりやすい人間ね」
「……そりゃ、どーも」
「彼を見る目が、コーディーがウィルを見る目と似てる」
 え、とレイモンは目を丸くして振り返った。ラベールはますます楽しそうに笑い「大会のこと、よろしくね」と残し、軽い足取りで出て行った。
 時々、ウィルの隣にいるコーデリアを見ては、可愛いモンだなあと他人事のように思っていた。が、自分がそれと同じだと指摘されるとは。
 レイモンは、調理台の二人をぼんやりと見ながら一人ごちた。
「恋に恋してるってか」
 殴られた部分を撫でて、深いため息をついた。

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110405

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