「ナルセス先生!」
 けたたましい声と共に開いた扉に驚き背後を振り返ると、にこにこと笑うコーデリアがいた。
 類を見ない笑顔に加え、後ろに回された両手。ナルセスは、何が起こるかとひやひやした。が、それは極力顔に出さない。代わりに、低い声で「なんだ」と言った。
「ナルセス先生、ハッピーバレンタイン」
 と、同時に目の前に出されたのは、可愛らしい包装紙。ナルセスは眉を寄せて、包装紙とコーデリアを交互に見た。
「……ドッキリか?」
「冗談言わないでよ!」
 怒鳴りつけてコーデリアは憤慨した。
「バレンタインにドッキリだなんて、そんな馬鹿なこと私はしないわ! 普通のお菓子よ!」
 ほら、と眉を吊り上げて袋を突きつけられ、ナルセスは押し切られるような形でそれを受け取った。
 大きさとしては片手に収まらないほど。バレンタインというのだから、チョコかクッキーか。それにしては軽いが。
「中身はなんだ?」
「見てのお楽しみ」
 つまり、開けて見ろと。
 まだ、少し疑いながら、リボンを解いた。中には、さらに袋があり、透明で中身が見える。ナルセスは顔をあげて首を傾げた。
「パウンドケーキ?」
「そう! 凝ってるでしょう」
 コーデリアは嬉しそうに指を立てた。確かに、ただの一教師に贈るにしては凝っている。作り方は知らないが、チョコなんかより難しいだろう。
 それに、このほのかな香り。
「アールグレイの香りがするな」
 ナルセスはわずかに目を細めた。スタンダードな着香茶だが、好きな香りだ。
 その微妙な表情の変化に気付いたのか、コーデリアはふふ、と笑った。
「それ、特別なのよ。シルマール先生に協力してもらったの」
「……そうまでしなくても良いだろう」
「そうまでするわ! 一番お世話になってる先生はナルセス先生だもの。私の感謝の気持ち」
 袋からケーキを出して、一口かじる。決してくどくない、かすかな甘みが広がる。十分においしい。
 ナルセスは、にっこりと笑うコーデリアが、少し羨ましい。素直な彼女は、言葉もまっすぐだ。飾り気がないから、相手にストレートに入ってくる。真摯な気持ちが直接伝わる。
 だから、こんなひねくれた自分でも、素直になれる。
「悪くないな」
 少しだけ微笑むと、コーデリアの表情は目に見えて変わった。立ち上がりグッと両の拳を握ると、興奮気味に、高らかに宣言をした。
「よっし、今ので自信が出たわ! ウィルにも渡してくる!」
「……私の感想なんかで自信が出るのか」
 呆れたように言うと「あら」と不思議そうにコーデリアは首を傾げた。
「ナルセス先生の感想だから、よ」
 私の感想だから、なんだ?
 ナルセスはますますわからなくなる。もっと詳しい理由を求めて、コーデリアに目配せをした。教室を出ようとしていた彼女は、肩越しににこりと笑って言った。
「だって、嘘つかないじゃない」
 長い三つ編みを上機嫌に揺らして、コーデリアは廊下に出て行った。
 ナルセスは手の中に残っていたケーキを頬張る。昨日のパトリックの様子からして、大方、彼に手伝ってもらったのだろう。だが、こうして何かもらえるとは思っていなかった。
 先ほどコーデリアは、これは感謝の気持ちだと言った。しかし、彼女の普段の言葉や行動の端々から、それが伝わってくる。
「こんなもの、必要ないのにな」
 彼女が出て行った扉を見つめ、ナルセスは苦笑を漏らした。

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学パロでバレンタイン話でした。話の軸はウィルコーなのに、二人が対面してなかったり、レイパトだったり、ベルナル匂わせたり、まさしくカオス。 入れたい要素ひたすら詰め込んだ結果がこれ。でも、だからこそ気に入ってます。
110404

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