「お願いがあるの」
 おおよそ、お願いとは思えない表情だった。
 本人は真剣そのものなのだろうが、それが度を過ぎている。異様な威圧に押されて、パトリックはそっと視線をそらした。
「なん、ですか」
「あなたにしか頼めないことなのよ」
「はあ」
 あいまいな返事をしたせいか、彼女の眼光が凄まじくなる。慌てて返事をし直すと、彼女は悩ましげにため息をついた。
「……わかってるわ。私だって女の子なんだし、自分でなんとかしないといけない、って。でも、人には向き不向きがあるじゃない、だからやっぱり不安なの。……ああでも、なにも部長のあなたに頼まなくてもね。忙しいだろうし……」
「……ええと」
 彼女の申し訳ないと思う心は本物なのだろう。しかしやはり、それ以上に伝わってくるものがある。
 つまりは、そういうことか。
「料理なら俺が教えましょうか?」
 彼女の表情が、ぱっと輝いた。
「ありがとう! これでウィルに喜んでもらえるわ!」
 思わず口から出てしまった言葉に、コーデリアは赤面する。何をいまさら照れる必要があるのか、と呆れるパトリックだが、同時に、その姿は可愛らしいと思う。もちろん、そこに恋愛感情はない。
 何はともあれ、コーデリアから放たれていた重圧がなくなり、パトリックは肩をおろした。
「それで、何を作るんですか?」
「あ、うん。それなんだけどね、ちょっと困ってて」
 少し顔を赤らめたまま、慌てて答える。
「チョコでもいいんだけど、あんまり普通じゃつまらないから、他のがいいの。でも難しいのは私が作れないし……何かないかしら?」
「そうだな……」
 パトリックは、頭の中でレシピを思い出す。多少凝っていて、持ち運べそうで、ついでにあまり費用がかからないお菓子。
 それは、すぐに見当がついた。
「パウンドケーキだったら簡単ですよ。時間もそんなには……」
「本当!?」
 言い終える前にコーデリアは瞳を輝かせた。少し後ずさりながら頷く。重い空気が消えたと思ったら、この期待に溢れたオーラだ。内心びくびくしながらも、パトリックは言葉を付け足す。
「ええ……やろうと思えば紅茶とか抹茶風味なんかにできますよ」
「うん、それいい。それにする! 材料とか、用意するもの教えてちょうだい!」
「わ、わかりました」
 鞄からメモを取り出し、パトリックはひっそりと息をついた。
 自分は、あまり物怖じしない性格だとは思っていたが、そうでもなかったらしい。ウィルが絡んだ時のコーデリアは、どうにも苦手だ。これが、俗に言う恋する乙女のパワーとか言うやつか。だとしたら、本当に恐ろしい。
 これ以上暴走しないように。そう祈りながら、パトリックはコーデリアにメモを渡した。

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110213

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