その日の朝は、普段とは違っていた。
 瞼の裏を貫く日の光に薄く目を開けると、真っ先に視界に入ってきたのは、きらきら輝く銀だった。それが何なのかわからず視線を動かす。と、判別できるもの―――ロベルトの寝顔が間近にあって、私は音を立てて硬直した。
 何事かと思ったが、すぐに昨晩の出来事を思い出した。
 父の凶報が知らされた時のこと、従兄と二人で泣いた時のこと、叔父の思惑を知った時のこと。私はまた、故郷の夢を見ていたのだ。私は確かに、あの家で幸福な時間も過ごしたはずなのだが、夢に出てくるのはいつも同じ記憶だった。
 眠っている彼を気遣い、そっと体を起こす。黒曜と同じの瞳は閉じられている。戦闘時には敵の動きを見抜く鋭さを発揮し、普段は周囲の人間への気配りを忘れない和やかな瞳。知っていたつもりだったが、私は彼のことを理解しきれていなかった。彼はもうすっかり、私の胸中を見抜いていたのだろう。
 悪夢から逃れられたのは他でもない、ロベルトのおかげだ。
 ロベルトと組んで仕事をするようになってから半年近く経っても、私は不安を抱えたままだった。
 拭えるわけがない。幼少時から嫌というほど味わってきた、私の名前と地位を見る目。家を出たところで、植えつけられた記憶はどうともなるわけがなかった。あの場所で過ごした15年は、私に恐れを抱かせるのに十分すぎたのだ。
 私は外の世界でも、あるはずのない他人の目を恐れた。漂流するように歩き続け、海を渡り、そしてこの地で出会った。
 初めは、胡散臭い人間だと思った。躊躇いもなく話しかけてきて、挨拶もそこそこに突然仕事を振って。とにかくお喋りな男だった。快活に笑いながらも目の奥に挑戦的な色を宿していると気付いた時、私は二つ返事で仕事を受けてしまった。すぐさま内心で後悔した。けれど、その選択は間違いではなかった。
 行動を共にすることになり、同じ空間で生活を送り、幾度も死線を乗り越え、彼が表裏のない明朗な人間であることを知った頃には、既に離れがたい存在になっていた。
 そして昨夜、ロベルトは言った。お前を思っている、独りじゃない、と。自分を信頼しているかはわからないと、不安げな前置きをして。
 芯まで届く言葉で、伝えてくれた。
「……信頼する」
 その時彼に言った言葉を繰り返す。
 朝日を浴びて輝く銀の髪を撫でて、眠る額に唇を寄せた。
「唯一無二の、相棒だ」

君、安らぐ温度のつづき、グスタフ視点。でこちゅーって友情の証、みたいなイメージ。
タイトルは『空をとぶ5つの方法』様から
110406 執筆
120912 修正

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