そんなに酷くなかったし、大抵はすぐに静まって安らかな寝息をたてていた。だから、もちろん心配はしたけど、そこまで気に病むことでもないと思ってた。

*

 今日も、普段通りの夜だった。
 宿に戻って、夕食を済ませて、明日のだいたいの予定を相談。グスタフと組んで仕事をするようになってから、このリズムが崩れたことはほとんどない。
 それからすぐに、グスタフはベッドに入る。こいつは出会った時から早寝で、慣れ初めはそりゃあ驚いた。こういう職業は健康第一だから睡眠は重要だけど、いくらなんでも早すぎじゃないかって。
 でも、その分朝はめちゃめちゃ早くて、本人曰く、起床は日の出前後らしい。俺が起きた、というか起こされた時には、すでに身支度は完璧。だから俺は寝起きのグスタフというものを見たことがない。あの頭がどうなっているのか、ものすごく興味があるんだけど、今のところ見れる見込みはない。ちょっと残念。
 燈の灯りを消したのは、グスタフが寝静まってからずいぶん経った後だった。
 月明かりを頼りに、自分のベッドに潜り込む。宿費削減のためにも互いをよく知るためにも二人部屋を取っているから、すぐ右にグスタフがいる。半年ほど同じ時間を過ごしているけど、無口なこの男はまだまだ謎が多い。
 それでも、戦闘ではだいぶ息が合うようになってきたし、探索中でも自分の考えを言ってくれるようになった。ここ北大陸でグスタフを一番知っているのは、このロベルトだと自負している。
 ただ、グスタフには何やら複雑な過去があるらしい。詳しくはわからないけど、15歳の時に家を飛び出してきた、ってことだけは聞いた。
 知られたくないこととか言いたくないことくらい、人間だったら誰でも持ってるもんだ。俺だってある。それを詮索しないのは、パートナーを組むにあたって最も大事にしなければいけないことだと思ってる。だから、家のことについて故意に話題にしたことはなかった。まあ、普段の動作を見てたら、俺みたいな庶民の出じゃないことくらいは想像がつくけど。
 焦らなくてもうまくやっていける、今は不安でも少しずつ分かり合える。なんだかんだ言って、俺たちは馬が合ってるんだ。きっとこれからだって大丈夫、今までの半年みたいに。
 布団を肩まで引っ張って目を閉じた時、荒い息遣いが、狭い部屋の中で聞こえた。
 また、魘されてる。首を回して隣のベッドを見ると、グスタフはこちらを向いて丸くなっていた。顔が陰になっていて表情は見えない。ただ、布団を握り締めている手が、かたかたと震えていた。
 なにかがいつもと違う。
 乱れた呼吸の中に何かを苦しげに呟く声がある。何を言ってるかまでは聞き取れないけど、声色が怯えているような気がする。だんだんと拳がきつくなって、震えも大きくなって、さすがにマズいと思った。
 ベッドから降りてグスタフの肩を揺すって起こす。それ以外に何をすればいいかわからない。とにかく、俺はパートナーのこんな姿は見たくなかった。
「おいグスタフ、大丈夫かよ。なあ、グスタフって」
 小さく声をかけて顔色を窺う。でもやっぱり灯りのない暗闇の中じゃ見えない。そっと頬に手をやると、冷たい汗をかいていて、それだけで真っ青な顔が想像できた。
 しばらくの間、名前を呼びながら体を揺すっていたら、グスタフの瞼がゆるゆると動いた。微かな月明かりに反射する翠の瞳が覗く。ふらふらと視線をさ迷わせて、グスタフは俺の姿を認めた。
「ロベルト……?」
 多少かすれているが、普段と変わらない声音で、とりあえず安心する。けど、目覚めたグスタフは、体を起こして俺にしがみついてきた。びっくりして声を上げそうになったけど、肩を掴む手がまだ震えていた。小さな子供をあやすように背中をさすって、それが収まるのを待った。
 いつも冷静で、落ち着いていて、大人びているグスタフの、初めて感じる幼さ。こいつは俺より年下だって、今更知らされた。
「グスタフ、大丈夫か?」
「……すまない」
 何度かの大きな呼吸をして、グスタフは俺から離れた。胸元の熱が急に引いて、すっと寒くなった。
「寝れそう?」
 グスタフは頷いたけど、尋ねた途端に表情が硬くなったのを、俺は見逃さなかった。たった今まで俺にしがみついてたのに、強がりやがって。それも、俺を気遣って無理をしてる。年上なめんな。
 ため息をひとつ。もぞもぞとグスタフのベッドに入りこんで、肩まで布団をかぶった。いきなりすぎる俺の行動に驚いたんだろう、グスタフは「おい」と声をあげた。めちゃめちゃ困惑してる。まあ当たり前か。でも、お前に拒否権はやらない。
「人が安心できるのは人肌なんだ、って昔教えられたことがあってさ。……ほら、小さい子が親と添い寝する、ってのがあるだろ。それと同じでさ、隣に信頼できる人がいるってわかると、安心するんだよ」
 ぱしぱしとシーツを叩いて、横になるようグスタフに指図する。なにか言いたげだったけど、グスタフは気まずそうに布団をかぶった。
 それを見てから、続きを喋る。
「……俺が信頼できるかどうかは置いておくとして、お前を本当に思ってる人間がいることは、知っておいてくれよ」
 グスタフは、人を信じるのが苦手なのかもしれない。
 常に張り詰めている刺々しいアニマ。出会った頃よりましになったけど、初対面の人間を前にすると必ずそのアニマが蘇る。時々だけど、俺にも突き刺さることがある。無意識の自衛行為なんだろう、癖になってると言ってもいい。これはグスタフの過去に関係してるのかもしれない。まず最初に、人を疑う癖。
 そんなことしなくていい。他の奴らがどうかはわからないけど、少なくとも俺だけは、お前を信頼してるし信用もしてる、それで、心配してる。
 暗い部屋で、黙って話を聞いているグスタフが何を思っているか、知る術はない。だけど、
「独りじゃないんだからさ」
 俺の考えてることが少しでも伝わればいいな、と思った。
 グスタフが口を引き伸ばすのが見えた。俺の方へ体を寄せて、そのせいで顔が見えなくなる。少しは頼ってくれたのか、それともベッドが狭いだけなのか。その疑問は、小さいながらもはっきりとした台詞で解消された。
 それに応えるように、軽く頭を撫でる。これでもう平気かな、と俺も瞼を下ろした。
 大丈夫。夢に魘されたりなんかしない。明日の目覚めは良いものになる。
 だって、お互いに信じ合ってる相棒なんだから。

ロベルトが寝る話を書きたかったその一。短い続きがもう一度、ゼロからです。こちらはグスタフ視点。
100405 執筆
120912 修正