満席じゃ仕方ないですね。朗らかな声に振り向くと、声のイメージそのままの男が困り笑みでこちらを見ていた。武骨なヘッドギア、一目でわかる。同業者だ。
はらぺこ同士、なんて不思議な理由がパトリックは気にならなかった。レストランを出た二人は言葉通りまず食事にしようと別の店へ向かう。少し離れた場所にある大衆食堂は先ほどのレストランとは違って冒険者が多い。そこで初めて、相席を断られたのは余所者だということが一因なのではと思い当たった。
「いける」
「確かに、いける」
うなずき合って無言で頬張る。特別なご馳走ではないが、舌に馴染む味で悪くないと思った。ヴィジランテとして再スタートの仕事祝いだと奮発する必要はなかったかもしれない。しばし黙々と食事をかき込んで一息ついたところで、自然と仕事の話になる。
「ウィルさんはいつもこのあたりで仕事を?」
「いや、ヴェスティアを拠点にしてる」
「ずいぶん遠いところから来たんですね」
「ヴァイスラントが目的なんだ。この街には初めて来たよ」
北からこの町に入ってきたのなら、あの関所を目の当たりにしただろう。
「橋で、クヴェルやツールを取られたりはしなかったんですか」
「うん、僕達は谷を抜けてきたから」
「あの谷を?」
オウム返しに聞いてしまったのは、そこがどれほど大変な場所かパトリックは身に染みていたからだった。ヴィジランツに転身を決めて向かったのがラウプホルツ。金のない者達の寄せ集めのメンバーで谷底へ足を踏み入れ、散々な目にあった。ただ、そこでモンスターの攻撃を凌ぎきったパトリックは、ヴィジランツとしてやっていけるという自信をつけたのだった。
「大変だったでしょう。ただでさえ道という道も見えないのに、モンスターまで多い」
「確かに何度か不意打ちを受けたけど」
とウィルは言葉を切って、手招きをする。なんだろう、と背を丸めて身を寄せると「でもクヴェルが見つかったから通った甲斐があったよ」と潜めた声で告げられた。目を丸くしてウィルを見る。にこにこと朗らかな笑顔の男は、まるでよこしまな気配がない。虚栄や嘘ではない。本当のことなのだと確信する。
「あんなところに?」
「霧の原因がクヴェルだったみたいで。たぶん、今頃は谷の霧はずいぶん薄くなっているんじゃないかな」
「あの霧でよく見つかりましたね」
「その霧が妙だったんだ。濃い方に近づいたらモンスターとは違うアニマを感じてね」
霧が妙? モンスターとは違うアニマ? 同じ場所を通ったはずなのに、パトリックにはウィルの言うことにまるで心当たりがない。あの谷はそんなに広い場所ではないから、思い違いをしてるわけでもないのに。
二の句を継げなくなったパトリックをどう思ったのか、ウィルは少し考える素振りを見せ、再び気さくな笑みを浮かべた。
「帰りはきっと楽に通れるよ」
その瞬間、パトリックの中でなにかが弾けた。
再認識したのだ。やはり自分にはディガーの才能はない。こんな人にこそ相応しい職だ。俺にはちっとも向いていない!
それはさっぱりした心地だった。知らず知らずのうちにくすぶっていたわずかな未練が、全く消えてしまった。声を上げて笑う。
「これで、不当に通行料を絞られるか、命の心配をしながら谷を抜けるかの選択を悩む必要はなくなったわけだ!」
共に行かないかというウィルの誘いは、ヴァイスラントまで足を伸ばして仕事を探そうと思っていたパトリックにはありがたい話だった。
だがなにより、この人と共に冒険をするのはとても楽しそうだ。ディガーとしての才能を持つ者の隣で、ヴィジランツとして戦う。そんな自分の姿を夢見ることができる。それを幸運なことだと思った。