湯を浴びて部屋に戻ると、知らない男がベッドに座っていた。
 ガタタ! 木材が軋む派手な音がして、慌てて手を離した。扉の取手を掴んだまま飛び上がってしまった。扉はギイイと聞き慣れた音をたてながら閉じる。もう一度取手に手をかけ、少し開いて再び閉じる。それを何度か試して、そのたびに同じ音が鳴って、胸をなでおろした。
「あっぶね……壊したかと思った」
「気をつけろ」
「ごめんごめん」
 軽い調子で謝って、部屋に備えられた椅子に腰を下ろした。ベッドに座っている男と正面から相対する形になって、その顔をじいっと見つめる。そしてもう一度「いや、ごめん」と、やっぱり軽い調子で言い直す。
「なかなか慣れないんだよなあ」
 肩がほんの少し上下する。わかりづらすぎるため息の証。俺は気づくけどほかのやつらじゃ絶対わからない、って言い切れるくらいには微妙な動きだ。
 無口で、愛想がなくて、表情の変化に乏しいこの男――グスタフは、人を寄せつけないことに命でも賭けてんのかってくらい、とにかく感情が読めない。
 グスタフがノースゲートにやってきてすぐの頃、つまりひと月ほど前は、数少ない新しいヴィジランツとしてほかの冒険者に囲まれる様子を見たものだけど、それもすぐになくなった。理由は一つ。絡みにくいから。仕事のやり取りと剣の腕はなんら問題ないがそれ以外はてんで駄目だ、という評判だ。雑談はしない。ジョークは取り合わない。笑顔の一つも見せやしない。当然酒の席でのバカ騒ぎには絶対に加わらない。もっぱら、まるきり石像だと呆れられている。
 確かにそれもグスタフの側面ではあるけど、こいつは間違いなく血の通った人間で、そしておもしろいやつだと思っている。
 その考えの根拠が、週に一度拝めるオフの姿だ。
 なにをどうやってそうなった、と言わずにはいられない奇抜すぎるヘアスタイルが、今夜に限っては下ろされている。腰に届きそうな長い金髪を無造作に流して、襟ぐりの緩い、普通の生成りの寝間着を着ている。そうしていると、グスタフは本当にただの――
「男前だなあ」
 率直な感想を漏らすと、グスタフは一度瞬いて半眼になった。おお、あからさまに嫌そうな顔。こんなに思いっきり感情を出したのは初めてかもしれない。
「なんだよ。褒めてるのに」
 声が上擦るのが抑えられない。これじゃ、グスタフの表情の変化をおもしろがってるのが丸わかりだ。そのせいかどうかはわからないが、グスタフは不機嫌な態度を崩さないまま「嬉しくない」と一刀両断する。
 この頑なな様子。過去に嫌なことでもあったのだろうか。例えば、厄介な女に一目惚れされたとか、モテすぎて同性に疎まれたとか。低俗な理由ばかり思い浮かぶのは、グスタフの態度があくまで、嫌そうな顔だけに留まっているからだ。こいつは、本当に心の底から拒絶する時はアニマのたちがガラリと変わる。声をかけるのだってくらいの、冷え切ったアニマに刺される。
 今はそんな気配は欠片もないけど、あんまり調子に乗ってからかうとどうなるかわからない。「そうかよ」と適当な返事をして話を切り上げる。俺がグスタフを男前だって思うのは純粋な感想で、からかってるつもりなんてないのに。
 なんとなく居心地が悪くなって、部屋の隅にまとめた荷物に手をつける。明日の準備はもう終わってるけど、念のためだ。心の中で言い訳をして中身を確認する。
「ロベルトは」
「んえ?」
 唐突に名前を呼ばれて、バッと顔を上げた。髪を下ろしているグスタフが俺を見ている。もう不機嫌そうな気配はない。いつもの読めないグスタフだ。
「ロベルトは、表情が豊かだ」
「え、うん」
「酒を飲んでいる時は心底楽しそうで、強敵に出くわした時は焦っているのがわかる」
「まあ、そうだな」
「さっきドアを開けた時に驚いたのもわざとではなかったな」
「まだ慣れないんだよっ」
「だからお前の言葉に他意がないのもわかっている」
「……うん?」
 これ、なんの話だ?
 困惑したのもグスタフはお見通しなんだろう。一呼吸置いてから再び口を開いた。
「ロベルトのそういうところは魅力だ」
 グスタフはいたって普通の顔で言い切った。誰がなんだって?
 ぽかんとして返事ができないでいると、グスタフはやっぱり――それはもう、俺とは正反対の、全く読めない表情のまま「褒め返しただけだ」なんて言ってのけた。
 
「なんだ、それ!」

アドベントカレンダー四日目。直近のイベント後に書いてたちょー最近のやつ。グスタフの顔もロベルトの顔も好き。
241204

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