からっぽだと気付いた。
呪縛から解き放たれた瞬間、自分の中にはなにもないことを知った。
薄い殻が形を保っている。少し力を入れたらひびが入って、もっと力を入れたら破片が飛び散る、脆い殻。たとえ外皮を割って中を覗いても、そこにはなにもない。空洞があるだけ。それが自分という存在だった。
なにもないから、簡単に囚われた。自分の内側を満たしたいから核たる輝きを奪い取ろうとした。自分の外側を守りたいから鎖のついた外套を纏った。自分という存在を確立するために。
そんなものは後付の理由にすぎない。
存在を形作る殻は脆く、在り方を示す中身はがらんどう。そんなものは、ここに居る、意味がない。
それなら、消えてなくなる運命を受け入れよう。もとより無いものと同義だから。首を差し出すように俯いた。
「お前」
音が降ってきた。
「立てるだろ」
音は、何者かの声だった。声が俺に語りかけている。俺の存在を認識している。俺はその声を聞いている。聞いて、理解をした。
顔を上げた。
赤い人の形が、俺に手を伸ばしている。俺に、応える手があるから、それを期待して手を差し伸べている。
意思を下せば、腕が上がった。俺の手は差し出されているものと同じ形だから触れ方がわかる。手は、温かく、弾力がある。触覚が備わっていたから、ぴったりの力加減でその手を取ることができた。脆い外皮が崩れることもなかった。
だというのに、均衡を崩すように力強く引っ張られた。前のめりに倒れそうになった時、立てと言われたのを思い出して、片足が前に出た。もう片方の足もなめらかに動いて、立ち上がった。立ち上がると、赤い人の形は目線の少し下にいた。
「名前は」
なにもない俺に、赤い人の形が問いかける。俺にはなにもないのに、
「サーリャも何も覚えてなかったんだってよ。でも名前は言えた。お前にもあんだろ。教えろよ」
教えろと言った。教えるには、いろいろなものが必要だ。口がいる。声がいる。言葉がいる。名前そのものも、なければ教えられない。
赤い人の形は俺を見ている。まっすぐに、俺の存在を見ていることに気がついた。俺も、その存在を見ている。理解できる言葉を発して、同じ形の手を持っていて、俺より少しばかり小さい赤い人の形。
ならば、この赤い人の形は、俺をどんな存在として見ている?
からっぽだと思い込んでいた俺の中に、砂粒のような物が残っていた。
「カイン」
名前を口にすると、俺が見ている赤い人の形が目を細めた。
「俺はトウマ。赤城斗馬だ」
その瞬間、トウマの姿が目の前に現れた。
トウマとカインがいる。二つの存在が同時にいる。俺はトウマの在り処を確信する。トウマは俺の在り処を知っている。トウマの存在は、鏡のように、俺の存在を写し出していた。
「俺、お前となら――」
そう言ったのはどちらだっただろう。