八度目だ。格納庫の巨大な隔壁を前に、胸の中で数を数えた。
 何度繰り返しても、ここに現れるα型は隣に立つ男を噛んだ。立ち位置を変えても、隔壁から距離を取っても、男を思いきり突き飛ばしてみても、結局いつも同じだった。これもプロフェッサーの言う歴史の修正力というものなのかもしれない。自分はここで生き残り、先輩はここで死ぬ。そういう運命なのだと。
 やはり、隔壁はいつも通り正常に動いた。持ち上がったその先に見慣れたα型が顔を覗かせて、隣の人間に噛みつくのをなすすべもなく見る。なにもできない。対抗手段がない。アサルトライフルか、グレネードの一つでもあれば圧倒できる相手だと知っているが、今あるのはその知識だけだ。なにもない自分はただ立っている。いつもと同じだった。
 ただ、一つだけ違いがあった。
 べちゃ。と。反射的に目を瞑って顔をそらす。バイザーを拭うとべたべたとした液体が手についた。血だ。顔を上げる。するとやはり、死体を咥えるα型がいた。すぐそこで、血が滴る死体を、咥えている。
 先輩の返り血を体半分に浴びてしまったんだ。
 ぼうっと突っ立ったままその事実に気がついた時、背後から「撃て。撃て」という怒号と銃声が轟いた。ハッとして射線を通すように後退した。一斉射撃を受けたα型はあっけなくバラバラになる。
 駆け寄ってきた四人のうち、一人は周囲の警戒を続け、二人はα型の残骸を確認し、首を振った。先輩の状態を確認したんだろう。その様子を眺めていたら、視線を遮るように軍曹が立ち塞がった。
「大丈夫か。お前は民間人だな」
 問いかけに頷いて応える。そうすれば武器をもらえる。
 ところが、軍曹は次の言葉を発さず、三人の部下と顔を見合わせた。このパターンは初めてだ。自分はなにもおかしな行動を取っていないのに。「あの」と声をかけるのと同時。一番若い隊員が歩み寄ってきた。
「とりあえず顔だけでも拭いておけよ」
 と、ハンドタオルを渡される。EDFの文字が印字されたグレーのタオルだ。
「お前そんなもん持ってるのかよ」
「ほら、今日はイベントだったから。試供品の」
「ちょろまかしたのかよ!」
「違う! 普通にもらったんだ!」
 初めて耳にするやりとりを背景に、言われた通りに顔の周りを拭う。何の気なしにタオルを見ると、赤黒く染まっていた。そうか。返り血で見るに堪えない格好だったから、四人とも閉口したんだ。ついでに手のひらに残った血痕を拭くと、タオルはすっかり元の色を失った。もう使えそうにない。その布切れをぱっと取り上げられた。顔を上げると、普段は軽口の絶えない隊員がいつにない神妙な顔つきでこちらを見ている。
「これはこっちで処分するからな」
「あ、はい」
 軍曹に「民間人」と声をかけられた。その声が、少し調子が違った。違和感がある。どこか、柔らかい。
「怪物が基地に侵入している。非常事態だが、気をしっかり持て。民間人を守るのが軍人の務め。俺たちが守ってやる。まずはこの基地から脱出し、地上に出る。お前は俺たちの後をついてくるだけでいい。行けるな?」
 予想だにしていないセリフだった。似たようなことは今まで何度も聞いてきた。だけど、決定的に違う。武器を持てと言われてない。
「殿は俺が務める。安心しろ」
 年嵩と思われる隊員に、言い含めるような優しい低い声をかけられるとともに肩を叩かれた。ああ、この手の心強さを知っている。あなたたちが背中を守ってくれることがどんなに安心できるかなんて、十分に知っている。
 だけど、違う。自分は守られるためにここにいるんじゃない。なにをぼうっとしているんだ!
「武器を」
 発した声は思いがけず大声となった。驚きの色に染まった四対の目が一斉に向けられる。呼吸を一つ挟んで息を整え、軍曹に訴える。
「武器を、ください。いざという時、自分の身は自分で守りたい」
 部下の三人が再び顔を見合わせた。軍曹は一人、じっとこちらを見ている。
 軍曹の言う通り、気をしっかり持つんだ。自分はただ無為に繰り返しているんじゃない。今度こそ、今度こそ変えてみせる。どうしても救えない人はいる。でもその分、一人でも多く。
「こんな、理不尽。絶対に屈しない」
 自分は立ち尽くすことしかできない民間人ではない。空の手をきつく握り締める。武器を握ることができれば、自分は絶対に。
 バイザー越しにまっすぐに軍曹を見つめる。しばし、警報音だけが鳴り響いた。
「わかった。来い。使い方を教える」
 いつもと同じ、厳しくも頼もしい言葉。心の底から安堵して息をついた。これで戦うことができる。
「はい、お願いします!」

死んだ目をしているストーム1。そんな彼を無意識に奮い立たせる軍曹。 20241202

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