「一人じゃ寂しいから付き合え」
「…寂しいのか」
「ああ、寂しいな」
「……わかった」
 了承してしまったのは、その言葉が唐突すぎたのと、あまりにも似合わなくて驚いたから、そして呆れたから。
 実はもう来ていると言われて、ベランダから道路を覗くと、真下に見慣れた車が止まっていて、運転席の人物と目が合った。見上げる顔を思い切り睨みつける。こちらの返答を想定していたなら回りくどいことをするな、と毒づいてから電話を切った。
 大した荷物は必要ないだろう。携帯と鍵を手に取り、ピーコートを着てマフラーをしてから家を出た。室内との温度差に加えて、頬を刺す冷たい風に眉をひそめる。こんな寒い日に、なぜわざわざ出掛けなければならないのか。誘いを受けたのは私だけれど、奴はこの性分を知っているはずなのに。それがよりによって今日、25日である必要性も、正直感じられない。世の中の恋人達は睦言を交わすのだろうが、生憎私と奴はそんな関係ではない、断じて。
 助手席に乗り込んで、ネーベルスタンを軽く睨む。
「いったい何のつもりだ」
「クリスマスだからな」
 ネーベルスタンの浮かれた頭に苛立った。

 車に乗り込んで向かった先は、ネーベルスタンのマンションではなく、小さなケーキ屋だった。住宅地にぽつんとある、こぢんまりとした建物。個人経営のようだった。
「……甘い物はくどくて嫌いだぞ」
「ああ、知ってるし俺も嫌いだ。でもここのは何度も食べたが大丈夫だった」
「だとしても私はいらん」
「たまにはいいだろ」
 待っていろと言い残して、ネーベルスタンが外に出る。反論する間もなかった。店内に入っていく姿を見送って、腕時計を見ると、時刻は五時を過ぎたところ。この時間に売っているものなんてほとんどないだろうに。
 どうにもすることがなく、そのまま待っているとほんの数分で帰ってきた。手には、小さな紙袋。
「なんだそれは」
「予約してたケーキ」
「予約だと?」
 この男は、私の返答ではなく、私が誘いに乗ることを想定していたというのか。突然連絡を寄越したわりには周到すぎる。
「私が断ったらどうするつもりだったんだ」
「それは考えなかったが…先生にお裾分けしたかな」
 その言い様がまたも私を苛立たせた。エンジンをかけようとするのを、肩を掴んで止める。少し不機嫌そうな目と、視線がかち合う。
「なぜ、今日、私なんだ」
「なぜ?」
「クリスマスだなんだと言って。私でなくても、ほかに誘えるような人がいるだろう」
「俺はナルセスじゃないと嫌なんだが」
 さらりと言われた言葉に喉が詰まる。突然の衝撃で、言おうと思ってた台詞が出てこない。
「……なんのつもりだ」
「『クリスマス』は良い口実になると思ったんだがな」
「口実?」
「ナルセスに会うための、口実」
 予想外の言葉に、また喉が詰まる。いつもならすぐに出てくる返答が今は声にできない。肩を掴んでいた手を下ろして目を逸らす。視界の隅で、ネーベルスタンがフロントに顔を向けたのが見えた。
「お前、何に対しても明確な理由がないと納得できないタイプだろう。無駄が嫌いだから。理由もないのにうちに来いと言ったら、断るだろう」
 ネーベルスタンが言う通りだ。私は物事を合理的に考えることが多い、自覚はしている。何もかもというわけではない。だが確かに、理由がないなら断るだろう。
 だからネーベルスタンは、口実を。
「わざわざ口実を考えないと会ってももらえないこっちの身にもなれ」
 はあ、とため息混じりの苦笑をして、ネーベルスタンはシートベルトに手を伸ばした。私の思考は、まだ固まったままで、ギシギシと音をたてている。頭がうまく回らないが、
「……それは、口実を考えるほど、私に会いたかったということか?」
 純粋な疑問を口にすると、ネーベルスタンは少し目を見開いた。そう思った次の瞬間に強い力で引き寄せられた。なにを、と思った時、そっと囁かれた言葉に一瞬頭が真っ白になった。呆然として肩口の顔を見ると、唇に掠める感触。するりと抜けていく熱を実感して、頬が熱くなった。
 エンジンがかかる。暖房が入るが、それとは関係なく熱い。してやられたと思った。
「……よくもそんなことを言えるな」
「俺には言ってくれないのか」
「その手には乗らんぞ」
 ニヤリと笑うネーベルスタンに負けるものかと視線を送る。その手には乗らない、だが。
「そこまでするなら、お前だけは、口実がなくても会ってやるよ」
 今作れる最高の笑顔を向ける。一呼吸置いてから、できるだけ自然に、ゆっくりと顔を背ける。自分で言っておきながら、少し後悔した。
 こちらの心境を察したのか、ネーベルスタンが笑いを堪えている。腹立たしいが、何も言うことがない。
 やはり、私達は睦言を交わすような仲ではない。
 ふいに、ケーキ屋のカラフルな電飾が目に入り、なぜだか無性に苛立った。

甘いの目指すぞって気合い入れつつ、もんどりうちながら書き上げたやつ。 こういうの好きなんですけど、自分で書くには照れが先行しすぎて。もう二度と書けない気がする。やめてくださいしんでしまいます。みたいな。
121226

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