冒険者の集いは常に酒と共にある。
 宝の山にありったけの歓声を上げるために。大ハズレの嘆きを飲み込むために。無事の帰還を祝福するために。失われた友を弔うために。理由は過ごした夜の数だけあった。
 同時に、人のありさまも様々だった。グスタフはいずれの夜も静かにグラスを呷るだけだが、これは少数派である。テーブルに突っ伏して寝息を立てる者、怒号を飛ばす者、それから青い顔で店を飛び出したり、スキンシップが過剰になったり。その変貌のさまもまた、人の数だけあった。いくつかの夜を越えて、グスタフは自分がアルコールに強いのだと確信したのだった。
 さて一方で、グスタフの相棒であるロベルトは、決して強くはないようだった。いつも、二杯目のグラスを空にする頃には首まで真っ赤になっている。ただ、弱いと断ずるには、彼は飲み方が上手かった。正体を無くしたり立ち上がれなくなったりしたことは一度もない。翌日に頭痛を訴えることはあったが、それも数回だけだった。
「酒に飲まれるディガーってのはな、二流三流なんだよ。知らない間にポッケからクヴェルがなくなってる、なんて話は珍しくもないんだぜ」
 そう語ったロベルトの瞳は妖しく光っていた。それは人伝か、経験談か……後者であれば、“どちら”の立場だったのか、聞けず仕舞いだ。
 なんにせよ、上手に酒と付き合うロベルトと、酒には滅法強いグスタフのコンビがその手の失敗をすることはない、というのが冒険者仲間の間での評判だった。

 けれど、評判は評判にすぎない、とグスタフは思う。
 根城としている宿の一室。いつもの相部屋に戻ったグスタフを迎えたのは、真っ赤な顔でジョッキを手にしたロベルトだった。
「部屋で飲んでいたのか」
 椅子に深く腰掛けているのは、そこそこの時間を過ごした証だろうか。覗き込んだジョッキにはエールがまだいくらか残っている。ロベルトの顔色とジョッキの大きさから推察するに、おそらくニ杯目だ。
「んー、今日はちっとなあ」
 心なしか間延びした声音は想定通り。これくらいで終いにしろという思惑を込めてジョッキを掴むと、ロベルトはあっさりと手を離した。ううーんと座ったまま伸びをする姿を横目に残ったエールを飲み干す。今日は比較的混ぜ物が少ない。良酒にはほど遠いが、グスタフはすっかりこの味に慣れていた。
「なあグスタフ」
 呼ばれて反射的に顔を向けた先で、ロベルトは頬杖をついてグスタフを見つめていた。
「俺、今、酔ってんだよな」
 黒い瞳が濡れている。酒を飲んだからだと理由をつけるには、いやに艷やかな光をたたえている。
 酔っ払いが自分のことを酔っていないと主張するのは常套句。だとしたら、酔っていると申告する人間はなんなのだろう。
「……だろうな」
「うん。すごく酔ってる。顔も熱いし」
 両手を頬に当ててへらへらと笑う姿は、確かにすっかり酔いが回っているように見える。だが、グスタフの経験則が語る。半分は本当でも、半分嘘だと。
「グスタフー」
 ロベルトがピンと腕を伸ばす。手を貸せ、ということだろう。その手を取って引いてやるとロベルトは軽い足取りで立ち上がり、勢いのままグスタフの胸に飛び込んだ。
「ロベルト、危ない」
「大丈夫だろ、全然へいき」
 悪びれない口振りにグスタフは返す言葉がない。実際のところ、体を預けられてもしっかりと支えている。ロベルトのこの行動を、頭の片隅で予想していたからだ。
 酔ったロベルトはベタベタとくっつきたがる癖がある。こうして抱きついたり、指を絡めたり、肩にもたれ掛かったり。もっとも、それを誰かにやっているところをグスタフは見たことがない。ロベルトが触れようとするのは、いつだってグスタフだけだった。
 ロベルトの背中に両腕を回して強く抱きすくめる。呼応するように、ロベルトが首筋に頭を擦り寄せる。密着した体が熱い。
「外のにおいがする」
 もごもごとロベルトが呟く。声音は機嫌がいい。
「夜風に当たっていた」
「飲まなかったのかよ」
「ロベルトのいない酒の席はつまらない」
「甘えてんなあ〜」
 けらけらと心底楽しそうに笑うロベルトに、それはこちらの台詞だと苦笑した。口にはしない。こんな泥酔者には求められた通り甘やかしてやるべきだ。
 このロベルトの姿は、グスタフだけが知っている。他の誰でもないロベルト自身がそれを許して、グスタフだけにさらしている醜態。受け止めてやるのがグスタフの役割だ。
 ……だとしたら、それなりの見返りを求めても咎められはすまい。前言撤回。
「甘えているのはそっちだろう」
 わざと声に色を含ませた。リップ音と共に耳元にキスをする。抗議のような嬌声のような「んえぇ」という間の抜けた声を聞き流して首に、肩に甘噛みを繰り返す。薄いシャツを捲って脇腹を撫でたところで、「今日はやだ」と明確なストップがかかった。渋々腕を下ろして顔を覗き込む。
「なぜ?」
 問いかけた声の甘ったるさに、我ながらグスタフは吹き出してしまいそうだった。それはロベルトも同じようで、「はは!」と高らかに笑った。
「グースターフ」
 ロベルトがニヤリと口端を上げる。細めた瞳の奥、酔いの影に鋭い意志が姿を見せた。
「酔っ払いのやることだぜ」
 短く告げたロベルトは、ニッと笑みを浮かべると再び子供のようにグスタフに抱きつく。対するグスタフは、言葉の意味を理解して大きくため息をついた。
 つまり、正体を無くしている酔っ払いを相手に本気になるなよ、と。俺は今酔っているんだから、これくらいは大目に見てやれ、と。酔いの自覚を建前にするなんて。
「……ひどい仕打ちだ」
「俺はさあ、素面の方が好きなの」
「大して酔ってもいないだろう」
「こんなにあっかい顔してるのに?」
 ぐい、と自分の頬を引っ張って見せたロベルトは本当に上機嫌で。そんな表情を見てしまえばむかっ腹さえ立たないのだから、本当に自分はロベルトに甘い。どうしようもなさを自覚して、グスタフは憂さ晴らしするように真っ赤な頬を抓ってやった。

ロベルトは稀に策士であってほしい。稀に。どうでもいいけどこの時ジロst20を見ながら書くという意味不明なことをしてました。
220529

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