鋼の塊が目の前で一閃するのを見て、レイモンは戦慄した。
 磨き上げられた剣が朧気な街灯に反射してきらめいていたのは最初だけで、今となっては血とも脂とも知れない液体で、てらてらと鈍く光っている。何体目かのモンスターを捌いて一時の静けさを取り戻した街の中、レイモンは鋼の剣を見ていた。
「切れ味は落ちないのか」と、タイラーが尋ねた声を聞いて、レイモンは自分が呆然としていたことに気がついた。意識的に剣から目を逸らす。逸らした先でパトリックの考えの読めない真顔とぶつかって、顔をしかめた。
「問題ない。まがいものではこうはいかんがな」
 答える声音は、なんら変哲のない、普通の男の声だ。かの鋼のギュスターヴは、その剣と鎧がなければ、そうだとわからないであろう男だった。つい最近にハンの廃墟で巻き添えを喰らってひどい目に合ったレイモンだったが、そこはそれ、意気揚々とモンスターの退治に興じるギュスターヴは、ただのバトルマニアにしか見えない。立場を忘れて話をすれば面白そうな奴だと思う。
 だというのに背筋がぞくぞくと震えるのは、身のこなしだ。
「ツールの剣も同じじゃないのか」
 ギュスターヴの長い髪が翻った。唐突に話を振られて返答に詰まる。なんの話だったっけ。
「私はほとんど打撃しかしないから、なんとも」
 パトリックの返答を聞いて思い出す。そうだ、武器の切れ味がどうとかって。
「さあね。俺はそんな大したツールなんて使ったことないし、剣はずいぶん前にやめたからサッパリだよ」
「なんだ、つまらん。剣の使い手はいないのか」
 つまらなさそうに口を尖らせるギュスターヴは、本当に、酒場で出会いそうな気安い男だ。だからこそ余計に、心の奥底で身構えてしまう。
「いたとして、ここで剣は使いたくないだろ」
 ぽろりと漏れた本音の意図を、ギュスターヴは掴み損ねたようだった。器用に片眉を上げて続きを促されるが、無視をして「まだ海賊の親玉が見つかってないな」と矢をつがえつつ歩き出す。
 あの凄まじい剣技を目の当たりにして物怖じせずその隣で剣を振るえる人間がいるとしたら、それは脳天気の馬鹿か、向上心の塊か。少なくともレイモンは遠慮したい。気が滅入りそうだ。あからさまな話の切り方が気になったのか、わずかに声を潜めたパトリックに名前を呼ばれる。
「嫉妬でもしているのか」
「するわけないだろ。武器も戦い方もかすってない」
 なにより、体のつくりが違う。メルシュマンの生まれは上背がある。中原の人間は背丈こそ及ばないが、体格に恵まれた奴が多い。そして、ラウプホルツの出にそういった体つきはあまり見ない。要するに、土地に根付いた血筋だ。骨格までもはどうしようもない。
 視界の端で、なにかが蠢いた。
 瞬間、レイモンは背を反らせて弓を引き絞った。捉えた鏃越し、膝丈のなにかが路地の奥へ駆ける。人間じゃない。その判断を下すと同時、崩れた体勢のまま指を離した。ギャ、と耳障りな鳴き声が、噴き上がった業火の中に埋もれる。振り返ると、腕を伸ばしたパトリックの手首でツールが赤く輝いていた。あの狭い路地じゃ逃げ場がないだろう。仕留めたのを確信するが、残念ながらあれは獣か虫かのモンスターで、海賊じゃない。外れだ。
 ねじった背筋を伸ばす。強引な引き方をしても痛むところはない。レイモンがこの体で生きてきて二十二年だ。自分にとってなにが不可能で、なにが可能かはとっくに身に染みついている。だから、ギュスターヴのスタイルに驚嘆こそすれ、他に思うことはない。
「俺の目指すところじゃない」
 呟いたはずの言葉は、思いの外強情な響きを持って音になった。言葉を発したレイモン自身が強烈な不安を抱く。なにか、誤解されそうだ。間違いなくレイモンの発言を聞いていたパトリックはかすかに目を見開いている。案の定、こいつはきっと、思い違いをしてる。だが、否定をするより先にパトリックが言った。
「お前、目指すところなんてあったのか」
 面と向かって、そんなことを。
 喉まで出かかっていた言葉が引っ込んだ。
「パトリック……んのやろうっ!」
 繰り出した正拳は平手で受け流された。むかっ腹が立つ。苛立ちのまま、続けざまに拳を振り上げる。
「パットは俺をなんだと思ってるわけぇ?」
「見直したぞ。お前はその日暮ら……いや、もっと気楽に生きてるものだと思っていた」
「誰が脳ミソ空っぽだって?!」
「それは言ってない」
 当てるつもりの拳がことごとく躱される。弓を持っていて、片手しか使えないから。そんな言い訳を胸中で並べても気が済まない。レイモンとパトリックの攻防は、駆け寄ったタイラーが叱責を飛ばすまで続き、「若いやつらも見所があるじゃないか」とギュスターヴが呟いたのを聞いた者はいなかった。

22周年おめでとーってことで、22歳時にシナリオで出番があるキャラでなんか書こうと思い立ち、ウィル対エッグの時のレイモンになりました。22歳のレイモンは、ようやく落ち着き…の兆しが見えてきた…かもしれない……くらいの中間のお年頃、という説を採用した。相変わらずパットの突っ込みは雑。そういう仕様。
210401

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