ギュスターヴは、ここのところヴァンについて思うことがあった。
 ハン・ノヴァで仕えるようになって二年目の彼は、少しずつであるが政務の手伝いをするようになってきた。簡単な書記と統計値の確認程度だが、大人たちに混ざってこなすのは少年にとって大仕事だ。それを、このまま任せておいて良いかと考えている。元々ヴァンは、相談役として、気兼ねない話し相手として招いたのであり、仕事をさせたいのではない。その仕事のためにギュスターヴの元を離れるのは本末転倒だし、ヴァン個人の学問が滞るのも彼のためにならない。
 ただ、本人が意欲的なのも確かで、無理矢理引き離すわけにはいかない。
 どうしたものかなと考えながら執務室へ移動する。といってもまっすぐには向かわず、城の外を半周する。朝のうちに外の空気を吸っておきたい。部屋に缶詰めになることがわかっている日は、ギュスターヴはいつもそうしていた。
 その習慣をわかっていたのだろう。城の裏口に繋がる階段の上に、ヴァンが一人ぽつんと立っていた。ギュスターヴが少年の姿を認めるとほぼ同時、ヴァンの背筋がすうっと伸びた。ぱっと表情に花が咲く。
「ギュスターヴ様! おはようございます」
「ああヴァン、おはよう。……顔色が優れないな」
 鎌をかけただけの言葉にヴァンは苦笑した。自覚があったらしい。階段を駆け降りる足取りは軽いが、この少年のことだ、心配をかけまいという振る舞いだろう。
「寝る前に読んでいた本が捗って、つい……」
 夜更かしを、と言いかけたところで足が縺れた。あっと声が漏れたときには遅く、階段の中程で前のめりに転ぼうとしていた。ヴァン、と声は届いても手は届かない。彼が転がり落ちる様を想像した時、ギュスターヴの脇から影が飛び出した。
 宙に浮いたヴァンの体が抱き止められて、ギュスターヴは肩を下ろす。こういう時に、彼を護衛としてそばに置いたのは正しかったと心から思う。
「気をつけろ、ヴァン」
「ごめん……ありがとうヨハン」
 ヨハンの腕から解放されたヴァンは、今度はゆっくりと階段を降りる。
「危なっかしいな。本当に大丈夫か?」
「すみません、なんともないです」
「……お前に回す書類、やはり少し減らすかなあ」
 わざとらしくぼやくと、ヴァンは慌てて首を振った。予想通りの反応だ。
「と、とんでもないです! 僕が好きでやってることなので……!」
「そうは言ってもなあ」
 二人が話している後ろで、ヨハンは神妙な顔つきのまま立ち尽くしていた。自身の右手をじっと見つめている。黙っているのは普段のことだが、珍しくなにか考え込んでいる様子にギュスターヴは気がつく。
「どうしたヨハン」
 呼ばれたヨハンは顔を上げるとすぐに二人に近づいた。けれど、ギュスターヴの背後には進まず、ヴァンの横で立ち止まる。
「ん? 僕になにか用?」
 少し迷ってからヨハンはひとつ頷いて口を開いた。
「すまない、ヴァン。勘違いをしていた」
「勘違い?」
「ヴァンは女だったんだな」
 ぴしり。と、凍りつく音がした。
 ギュスターヴがヴァンの顔色を伺うと、見事に硬直している。驚愕が過ぎたのだろう。
「ヨハン、お前なにを言っているんだ?」
 そのまま動かないヴァンに変わってギュスターヴが尋ねる。
「……だって」
 と、ヨハンはヴァンを引き寄せて先ほどと同じように抱きしめた。固まっていたヴァンの顔が青くなり、赤くなり、忙しないのは気にも止めない。ぎゅうぎゅうと力を入れて、背中や肩を軽く叩く。そうしてヨハンは自信満々で言い切った。
「これは、男の体ではありません」
 一息の間。
 ギュスターヴがため息をついたのと、ヨハンの腕が重くなったのは同時だった。
「うん、ヨハン、わかった。その話は昼食の後に時間をとって……ヨハン? なにをしているんだ?」
 いつの間にかヨハンはヴァンを抱えたまま膝をついていた。ヴァンは腕のなかでぐったりと伸びていて、こんな構図をどこぞの絵画で見たことがあるなあとギュスターヴは思った。
「急に座り込んだと思ったら、意識をなくしているようで……ギュスターヴ様、ヴァンは大丈夫なんですか」
「大丈夫……大丈夫じゃないが問題ない。疲れが溜まっていたんだろう。とりあえず部屋につれていくぞ」
 妙な言い回しに不思議そうな顔をしながらもヨハンは短く返事をし、躊躇いなくヴァンを横抱きにした。
 ヴァンが失神したのは他でもない、ヨハンの言葉が真実だったから。ヴァンは、性別を男と偽って生きてきた少女なのだ。
 それがヨハンの知るところとなったのは、ヴァンにとっては気を失うほどの一大事だった。例え、当のヨハンに少しも驚いた様子がなくとも。数少ない理解者のギュスターヴが仕事の量を減らせる口実ができたと呑気に考えていようとも。

なんか…ヴァンが僕っ娘だったらどうしようって妄想がTLで巻き起こったことがあったんですよね確か。有り得るな!!と思ってわっくわくで書いてた記憶。ヴァンは女だってこと隠してるんだけどヨハンはヴァンの性別とか気にしなさそ~~~~そういうところが好き。ヨハヴァン分類してるのに全然そういう描写なくてゴメンネ
150415

» もどる