倒れ伏したデーヴィドのわきに立って、何度も殴打した腹部を靴先で軽く突く。う、あ、と呻く目の焦点は揺れていた。
「抵抗はしないのか」
「てい、こ……」
 辛うじて向けられた顔には既に痣がある。口内を切ったのか、唇の端にも血が滲んでいた。デーヴィドは何に対してもこうだ。こちらから言い出さなければ、いつまでも耐え続ける。少なくとも、チャールズの知る限りでは。
「私は、父上に応えるためなら、いくらでも」
「そうか」
 皆まで聞く前に遮る。父のため、なんとくだらないことか。チャールズは嘆息と同時に肩を竦めた。
 足を鳩尾から少し下へずらす。ぐぐ、と押しつけるとデーヴィドの表情が歪む。位置をずらしながらそれを繰り返す。
 それから、力の限り蹴りつけた。
「ッア゙、――――!!」
 鈍い音と共に口から漏れる。
「吐くな」
 ひときわ冷たい命令に反射して、デーヴィドは口を抑えた。丁度、胃の辺り。念入りに触って確かめた甲斐があったのか、見事に押し潰されたようだった。
 片手で口を塞ぎながらがたがた震える体を起こす。体内を逆流する酸を押し戻そうと、喉がびくびくと痙攣するのが見てとれた。見上げる表情は苦悶に満ちて瞳からは涙がこぼれている。それでも、視線は逸らさなかった。
「ん゙、んっ……んんっ―――ん、ぅ……」
 やっとのことで耐えきったデーヴィドが口を開く。
「……ふぁ…はっ、ちち、ぅえ」
 その声音には、まだ気力が見えていた。だがチャールズは、肉体的にはここが限界だとわかっている。
 床に座り込む少年の頬に手をやって水術を施すと、霞がかった瞳に色が戻っていく。顔の傷と痣を全て治して、腹部の状態を確かめようと服の下へ、地肌に触れた時だった。
 デーヴィドの体がびくりと反応した。次いで、腹部に這わせた腕を掴まれる。
「そこはッ、だめ、です……」
 どこか切羽詰まった様子と、その物言いに眉を寄せる。初めて抵抗らしい抵抗をされたことには驚いたが、治療を拒む意図が読めない。返事を待たずデーヴィドは更に重ねて告げる。
「痕……消さないでください。残して、ほしいです」
 その台詞で、チャールズはその欲念を正しく汲み取った。どうやらこの子供は自分の思惑を上回っていたらしい。はなから、抵抗しない、できないという問題ではなかったということか。
 だが、何故、とは聞かない。鈍感をわかりやすく装って、意地悪く問い詰める。
「確かに、自然に癒えるか」
「違います……」
「間違ってはいない。いつかは消える」
「消したくないです……」
「わからんな。こんな醜い傷が、」
「嬉しいんです」
 咄嗟に口にしたのだろう。デーヴィドははっとして俯いた。それを、髪を掴んで強引に上向かせる。視線を外さぬよう顔を近付けると、頬が少し赤らんだ。なんとも場違いな。嘲笑は胸に納めて、チャールズは続きを促した。
「父上が、与えてくださるものは…なん、でも」
 じわりじわりと腕にかける体重を増す。次第に途切れる言葉を無視して。
「くるし、のも、痛いのも…全部、……うれしく、て」
 だから、もっとください。
 消え入りそうな、けれども確かな訴え。チャールズは鳩尾を潰していた手を離し、顎を掴んだ。唇を歪めて、デーヴィドの口端に残る血をべろりと舐めた。
「物狂いめ」

ツイッターで二ヶ月だけ公開してた(というか非公開になってるのに気付かなかった)話。えっちな兄親子とDVな兄親子ならどっちの方が人を選ぶんでしょうね。わたしはえっちもDVも冷え切った仲もほのぼのもぜーんぶ好きです。
150809

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