確かに、人前でそんな格好をするなとは言った。言ったけれど。
「またその格好をしろとは言っていない」
 夜も更けたチャールズの自室に、デーヴィドは再びメイドの格好をして現れた。
「するなとも聞いていませんし、やっぱり効果があったと思ったので」
 自信満々で答えるデーヴィドにかける言葉が見つからず、深いため息と共に頭を抱えた。
 効果、というのはおそらく、一旦リラックスしてそれから机に向かうと能率が上がるとか言っていた、あれだ。なぜ息子の女装がリラックスに繋がると思ったか、詳しく理由を聞きたいところだ。しかも悪いことに、本人はその方法が当たったと勘違いしている。
 見ようによっては、そう見えたかもしれないが、大いなる誤解だ。異常に気付いたチャールズはひとまず息子を部屋から追い出して、一瞬でもその姿にぐらりときた己を打ち消そうと紙面にのめり込み、さらにそれを周囲に悟られまいと極力普段通りの振る舞いを努めた。デーヴィドは一連の動作をこっそり見ていたのか、居合わせた者に後から聞いたのか、ともかく成功したと思ったらしい。その実は正反対であったが。
「父上のお役に立ちたいのです」
 瞳をきらきらと輝かせて語る心意気は純粋に嬉しいけれど、その姿は、正直、直視に耐えなかった。
 これがまだ、似合わなかったら笑い飛ばせたかもしれない。妙に似合うから余計に困る。ジゴスリーブと足首まで届く長いスカートのおかげで、肩も足も、男性らしい骨格は見事に隠されているうえに、胸の下と腰の切り替えのために、ないはずのくびれまで作られている。よくよく観察すると秀抜なデザインだが、今はそれが仇だ。
 不審がられないよう視線を落として、どうにかやり過ごそうとする。
「役に立ちたいというなら、他にもやり方はあるだろう」
「今すぐにと考えたらこれが一番かと」
「いずれ、お前はヤーデを継ぐ。急ぐ必要はない」
「勿論それは私の役目です。ただ今私は自分のためでなく父上のためにできることをしたいのです」
「己の為すべきこともできない内に他人に心を砕くのは愚者の犯すことだ」
 切り捨てる言葉が口をついた。デーヴィドはぐっと息を詰まらせてうつむく。これくらい厳しい物言いでないと、この強かな息子は黙らないだろうと思っていた。
 その思惑の通りか、瞬巡のあと、デーヴィドは「それでも」ゆっくりと口を開いた。
「少なくとも私は、心配です。ヤーデのためではなく、私が、父上を……」
 言葉尻はチャールズの耳に届かなかった。けれど結局、問答に折れたのは彼の方だった。
「……デーヴィド、こちらへ」
 ベッドに腰かけたままチャールズはデーヴィドを呼び寄せる。戸惑いつつも言われるまま目の前に立った瞬間、デーヴィドはぐいと右手を引かれてそのまま前に倒れこんだ。
「ご、ごめんなさ……!」
 不可抗力とはいえ、父を押し倒したことに顔を赤くしてすぐさま退こうとするが、チャールズはそれを許さなかった。先ほど引いた手をしっかりと握り、もう片方の腕は腰にかけ、その体勢のまま固定する。
「あ、の……」
「デーヴィド、その格好をする者は主に従い、奉仕するものだということは、わかっているな」
「は、はい」
 見るに照れよりも動揺が強いといったところか。次に発する言葉を選んで、チャールズは唇に弧を描く。
「私に従え。奉仕しろ。……できるな?」
 その口振りはまさしく、人の上に立つ支配者のもので、デーヴィドは頷くほかなかった。
 チャールズはデーヴィドを抱えたまま体を起こす。まともに向き合って、デーヴィドはさっと目を伏せた。纏う空気が変わったのを良しとして、指示を下す。
「そのまま、こちらに背を向けて……体は預けろ」
「はい」
 両手を離してやると、デーヴィドはそろそろと言われたままに動いた。ぎこちない動作で、とん、と背中が胸に当たる。チャールズはすぐさま腕を回し体をぴたりと密着させた。抱きすくめた際に肩紐のフリルが揺れたのを見逃さず、小さく笑う。つい今までの威勢はどこへやら。
 耳元に口を寄せて、怖がらせないようにと出来る限り優しく囁いてやる。
「力む必要はない。あとは何もしなくていい。ただ、逃げるな」
「……っ、はい」
 震える返事を寄越し腕の中で小さくなるデーヴィドは、まさしく生娘のように思えた。お互いに顔は見えないけれど、既に耳がほんのりと朱に染まっているのがわかる。
 抱える腕に力を入れ直して、片手で顎の辺りをするりと触れる。途端にびくりとわかりやすく反応を示した。頭がわずかに上を向いて、仰け反る。
 顎のラインを指先でなぞると、ひくひくと喉を上下させてやわい刺激を耐えている。たて襟のボタンを二つ取って、その首を握るように掌で包むとますます大きく仰け反る。けれどおもしろいことに、体はぴたりとついたまま、むしろ押しつけるようにかかる体重が増していた。
 くつくつと喉の奥で笑ったとき、白いエプロンの上に置いた手に、デーヴィドの指が重ねられた。所在なく揺れていたはずが、無意識にチャールズの手の甲を引っ掻いている。
 あまり遊ぶのも可哀想か、と手を喉元から外してやる。デーヴィドはかすかに息をついた。相当緊張していたらしく、肩が落ちるのが見てとれた。
 そのまま解放してやろうと腕を緩めたチャールズは、しかし胸中に悪戯が芽生えた。
 薄い色素の髪に指を差し込む。デーヴィドが再びぴしりと固まったのは想定内。ふわふわとした癖のある髪を掻き上げて、こめかみに吸い付くキスをした。行為を知らしめるために、耳元にリップ音を残して。
 ヒュ、と息を飲む音と、重なった手に立てられた爪。目立ったリアクションはそれだけで、抵抗は感じられなかった。逃げるなという言葉を律儀に守っているのか、気が回っていないのか。
「……さて」
 腕を解き、軽く背中を押してデーヴィドを立たせる。チャールズは、それまでの戯れが嘘だったかのように振る舞った。
「いいか、お前は愚者になるな。私の子としてふさわしい人間になれ」
 半ば放心状態の、真っ赤な顔を眺めながら淡々と告げる。これくらいやっておいたらもう馬鹿な真似はしないだろう。良い薬になったはずだ。思い切り引かれていたとしたら……この際、仕方ないと諦めることにする。
 言葉が出ないらしいデーヴィドは無言のままこくこくと頷いた。その時に襟元が揺れる。ボタンを外したままだったことに気づき、チャールズは腰を浮かせた。
 部屋を辞そうとする背中に声をかける。振り返ったデーヴィドは、はっと目を見開いた。気に止めず腕を伸ばして、襟を正そうと手をかけた瞬間。ぎゅっと強く瞼が閉じられ、薄い唇がぴくりと動いた。
「あっ……」
 驚きというには、あまりにも弱々しい、甘い悲鳴。
 固まるのはチャールズの番だった。確かに聞き取ったその声が何を意味しているのか。おそらく、わかってしまったから。そしてその姿に、数日前よりも強い、決定的な感情を抱いてしまったから。
 一瞬、二人の間に妙な沈黙が降りる。チャールズはすぐさまボタンを止め直して手を離した。
「……襟が、乱れていた」
「は、はい。ありがとう、ございます」
 とつとつと礼を言って、デーヴィドは小走りで部屋を出ていく。足音が遠ざかり聞こえなくなっても、チャールズは立ち尽くすばかりで。ため息を、つくこともできない。
 自覚した劣情のやり場はどこにもなかった。

ツイッターの相互さんが描いてくださったイラストをもとに書いて、半年だけ公開してた(というか非公開になってるのに気付かなかった)話。いろいろとアレなので掲載するかどうか迷ってた。
ゲスい父×抵抗できない息子が性癖なのですが、チャーデはそうじゃないのも好きです。
150321

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