「おー、また送ってきてくれたのか」
 扉を開けたロベルトが感嘆の声を上げた。木箱を抱えて部屋に戻ってきたグスタフは、それを床に降ろしながら頷いた。蓋を外して確認がてら中身を出していく。
「柑橘系の果物と、ワイン」
「ヤーデ産の、かなり高級な物だな」
 送り主の気前の良さに呆れながら、二人は顔を見合わせて笑った。気前も何も、その木箱をよこしたのはヤーデ伯デーヴィドなのだ。
 ヤーデから物資が届くようになったのは、三、四ヶ月前からだった。
 エッグの件にけりがつき、グスタフの血を巡る話にも区切りがつき、一息つけたとき。ノースゲートに、グスタフとロベルト宛に荷物が届いた。デーヴィドからの、初めての物資だった。それから月に一度、食糧を中心に送られている。
「さすがヤーデ伯当主……こういう職業の人間には手が届かないな」
「久しぶりの酒が、これか」
 遠慮せずに、というデーヴィドの言葉が達筆で綴られてあるのを見、その夜、二人は久しぶりにグラスを取った。
「有名だよなー、ヤーデのブドウ酒。俺は初めてだけどさ、向こうにいた頃は飲んでただろ?」
「いや、私も初めてだ。年が年だったからな」
「あー、ヤーデにいたの15歳までだったっけ?」
 普段より饒舌なグスタフだが、ヤーデにいた時のことで軽口が叩けるようになったのは、つい最近のことだ。
 サウスマウンドトップの戦いで正体を明かすまで、己の出身については全く口を閉ざしていた。その後も、デーヴィドと話をつけるまでは、あまり多くを語らなかった。
「杏は、よく食べたものだが」
「ああ、隠れた名産?」
「南大陸では広まっていたぞ」
「メルシュマンにいた俺はほとんど知らなかったけど」
「……世界的には、隠れた名産か」
 苦笑を漏らし、グスタフはふっと目を細めた。
「杏には、言い伝えがある」
 語調が変わったのに気づき、ロベルトは顔を上げた。突然話を切り出したグスタフの瞳は、かすかに愁いの色を帯びていた。
「『ヤーデの杏を食べた者はヤーデに戻ってくる』。……何が元なのかはわからないが、ヤーデでは有名な言い伝えで、信じている者もいる」
 グスタフはグラス半分より少ないワインを眺め、口を閉ざした。
「……で、お前は何が言いたいの」
 問い詰めているわけでもないのに、その声音は鋭い。言い逃れの代わりに目を伏せると、ロベルトはわざとらしいため息と同時に、グスタフの額を指で弾いた。
「後悔するな、ってのがヤーデの掟じゃないのかよ」
 弾かれてじわじわと痛む額を押さえ、グスタフは口を尖らせた。
「……後悔はしてない」
「だったらうじうじするな!」
「…………すまない」
 早々に素直に謝ってきたものだから、胸の霧は晴れず、ロベルトは口の中でぶつぶつと不満を並べた。
「なんか引っかかってるなら、行けばいいだろヤーデに」
「それは……」
「杏を食べにきました、ってさ。果物は取れたての生がうまいし」
「そんな理由で」
「理由なんてどうだっていいっての。未練残してきたなら、さっさと拾って来ればいい話だろ?」
 そこまで言い募られても、グスタフははっきりと答えられなかった。
 ロベルトは、グスタフの気持ちがわからないわけではない。複雑な心境になるのも、当然かもしれない。だが、理解できなかった。
 今度はしっかりと顔を向けた。
「一回しか会ったことないけど、俺にはわかったよ。あの人がお前をどれだけ大切にしているか」
 それが、彼と兄弟同然のグスタフにわからないわけがない。
 真摯な言葉を受けて、グスタフはゆっくりと頷いた。それを見て、ロベルトはニッと笑った。
「そうと決まったら善は急げだ!」
 ガタンと音をたてて立ち上がり、ロベルトはせわしく部屋を出て行く。南大陸行きの船を調べに行ったのだろう。
「善、か」
 一人部屋に残されたグスタフは、我知らず笑みをこぼした。

ED後にデーヴィドに会いに行ったグスタフとロベルトという前提。お互いたった一人の親族だからこそ、気をつかっちゃうことがありそう。ロベルトには不器用同士を取り持ってほしいな。
110117

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