ぐっと握り込んだ槍が金属音を立てる。この武器で攻撃ができたとしても、一度きりだ。生き残るために、すべき事は。
「ナルセスさん、時間をちょうだい。なんとかする」
「なんとか? 本当にできるんだろうな」
 モンスターに威嚇の視線を向けながら、ナルセスは怪訝に問い詰める。その声は普段と変わらず尊大で、コーデリアは少しだけ安心した。
「できるから、少しの間!」
「具体的には?」
「い、一分……?」
「長い!」
「じゃあ三十秒でいいわよ!」
「よし」
 頷いたナルセスは矢を一本つがえた。コーデリアは槍を上段に構える。この一撃に穂先が耐えられなければ、勝利はない。
 一呼吸の後、コーデリアは駆け出した。親玉らしきモンスターの前足の関節を目掛けて槍を深々と突き刺し、薙ぎ払う。獣の重い咆哮が反響する。穂先がカタカタと音を立てた。まだ外れていない。口金を握りこみ後退する。同時にナルセスは矢を放つ。それが当たったか確認しようともせず、コーデリアは彼の背後で膝をついた。
 槍から手を離し、長い三つ編みを止めている紐を解く。巻き起こる熱風に煽られる髪を払う暇はない。その二本を手早く口金に巻き付け硬く結ぶと、声をあげた。
「下がって!」
 ちらりと視線を寄越したナルセスは、炎の障壁を一薙ぎして消し、素早く後退する。その横を駆け抜ける。耳障りな金属音はない。ナルセスの放った樹術の刃が目くらましとなり一瞬の隙ができる。獣の群れに躍り出たコーデリアは、両手の槍を後方に構え、一閃した。
「……やった、かな」
 モンスターが起き上がる気配はなく、コーデリアは槍を下ろした。
「よし、少し移動するぞ。血の臭いがひどい」
「ええ」
 注意しながらしばらく歩き、埃の匂いがする狭い岩室に隠れた。他に生物の気配はしない。ひとまずの安全を確保してその場に腰を下ろす。それでやっと、肩を落とした。
「……あの紐、丈夫でよかったのに」
 穂先の根元に括りつけた紐を眺めながら、コーデリアはため息をついた。焦げつき、獣の血で汚れたそれは髪紐としては使えない。
「別の物を買えばいいだろう」
「お気に入りだったのよ」
 膝を抱えて口を尖らせる少女に何を言っても今は無駄か。正確に判断して、ナルセスは話題を変える。
「お前、あの状況でよくあれを思いついたな」
「だって、槍の刃を固定するには縛るしかないでしょう」
「それは、そうだが……そもそもお前は体術も得ているだろう」
「槍じゃないと一気に片をつけられないわ。戦闘が長引いて困るのはこっちだもの」
「……なるほど」
 まだまだ半人前であるはずの少女は、意図せずこの判断を瞬時に下したらしい。末恐ろしい潜在能力だ。
 密かに感嘆するナルセスをよそに、不機嫌なコーデリアは下ろした髪で手遊びをしていた。

槍を即席で修理する話が書きたくて。でも、このやり方ができるのってアジアものなんですよね。西洋の槍は鉛筆のキャップみたいな作りしてるので。
131118

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