それまでは知らなかったことだが、街の中で暮らすには近所付き合いが欠かせないらしい。
 いったん荷物を降ろして会計を済ませたネーベルスタンはつくづくそう感じた。ここで生活も二年近くになると、顔と名前を覚えられるのは当然だ。けれど、よく買うもの、好きな食べ物、果てには買い物の内容から家に滞在している人数が分かるというのだから、すごい以外に言いようがないと思う。
「今はあの金髪の術士さんもいるのかしら?」
 ぴたりと言い当てられて、ネーベルスタンは言葉もなく頷いた。それじゃあおまけね、とリンゴを一つもらう。この一つがありがたい、地味だが家計の助けになっている。笑みを浮かべてありがとうございますと礼を言うのは忘れてはいけない。これが次回に続くこともあるから……もちろん、そうでなくても本当に嬉しいから頭を下げるのだが。
 手のひらに収まったリンゴを袋に詰めて、両腕に荷物を抱えた。またどうぞという声を背中に歩き出す。

「やっぱりねえ、若くて格好が良くて愛想まで良い男だとサービスがいいんですよ」
 両腕をいっぱいにして帰ってきたネーベルスタンを見てシルマールはしみじみと言う。荷物の量が、予定よりいくらか増えていた。
「まるで年寄りみたいな言い方ですね」
「あなた方よりは年寄りです」
 年上とはいえ三十代を年寄りとは言わないよなあ、と思うけれどもわざわざ口に出して反論はしない。買ってきたものを確認していく。
「この袋が今日の夕飯に使う分の野菜、こっちは鶏肉。根菜は別でまとめてもらいました。あと、生ものだから遠慮したんですが、変わったものが手に入ったからって少し分けてもらいました」
「はあ、これは何の…肉かな」
「ガルムと思われる犬獣らしい、たぶん。とのこと」
「……まあ、こういうのは煮込めばだいたい食べれるでしょう」
 珍しく師の口端が引きつったのが見て取れたが、ネーベルスタンは他人事のように振る舞う。彼はキッチンに立つことはほとんどないし、大抵の家庭料理をこなせるシルマールなら食べられる物を出すに違いない。確信を持っていたから、この得体の知れない赤肉をもらってきた。
「それと、これはナルセスに」
 二人の横で我関せず調理の下準備を始めていたナルセスに、おまけと称して受け取ったリンゴを渡す。
 リンゴと同じ赤い瞳がなんだこれはと訴える。家に戻ってきてから初めて合致した視線は、機嫌がよろしくない。いつものことだ。
「お前がいると言ったらサービスしてくれた」
 じっ見つめて無言で返す。好意を拒否したのか、単に調理の邪魔になったのか、さて、どちらだろう。

*

1231~32年あたりの話、だったんですが、この後の展開が他の方が公開した話と見事にかぶりまして。リアルタイムで。キャラも一緒で。元々難航してたのもあって、心がぽっきり折れました。
でも話としては悪くないと思ってるので三年後くらいに続き書きます(てきとう)
141114

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