かくんかくん、と小さな頭が揺れる。チャールズはそれを傍らでじっと見ていた。彼にはその様子が物珍しかった。
 眠くなるのは、わかる。誰もが経験するし、自身も例に漏れない。ただチャールズは、そういう時はいつも、さっさと諦めて仮眠を取るかすぐに部屋を出て夜風に当たる。だからこうして、船を漕ぐことは今までになかった。
 そして今、目の前で繰り広げられている息子と睡魔との攻防は、退屈な作業が発端ではない。ただの、夜更かしのため。まだまだ子供の癖に仕事を見たいと言うから、これだ。
 ペンを置いて、嘆息を一つ。
「デーヴィド」
 名前を呼ぶと、途端に目がぱっちりと開いた。勢いよく上がった顔は、いかにも頑張って起きています、といった表情。
「もう遅い。寝ろ」
「で、でも」
 父が起きているなら自分も、とでも言いたいのだろうか。子供が親の真似をしたがるのは本当だ。
 たぶん、強く言えば渋々引き下がるとチャールズは思った。が、頭ごなしに自主性を否定してはいけませんよと妻に釘を刺された記憶が新しい。否定しているつもりはないのに。往々にして言葉の端々がキツいんですよと昔からの臣下(今は客将か)に言われたのも最近だ。
 要するに、気付かれないように丸め込めば良い。
「部屋に帰れとは言っていない。奥で少し休んで、気が済んだら戻ってこい」
 少し考えた後に、デーヴィドはこくりと頷いて小さな声でわかりましたと言うと隣室に向かった。とろんと垂れた目元が重たげで、歩きながらその場で眠ってしまうのではないかと心配になるくらいだ。それで、ベッドに入るまでついていくことにする。
 執務室の奥は 時折の休息に使う部屋で、簡単なベッドとソファ、机しかない。あまり人を入れたことはなかった。
「少しだけ、失礼します。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 寝転がったデーヴィドの額にキスをすると、既に瞼が落ちて寝息がしていた。気が済んだら、とは言ったけれど、朝まで起きないに違いないと踏んでいた。それを安らかな寝顔を見て確信する。と同時に、密かにあくびを噛み殺した。
 チャールズ自身も、限界が近かったらしい。文字列を眺めているうちは気づかなかったが、暗がりの中にいるとどっと疲労が襲いかかる。
 私も、少し休もうか……。
 執務室に戻り、書類を簡単にまとめ、灯りを消す。ベッドの前まで来て、ちらりと思案してからチャールズは小さな体の隣でそっと横になった。
 自分が子供の頃は、眠るまで父なり母なりがそばにいてくれた。だが、自分の息子にはそれがあまりできていない。本当は、この子がもっと幼い頃にやってやるべきだったのだろう。
 小さい小さいと思っていた子供は、いつの間にか、仕事を手伝いたいと言い出している。この、幼さの残る寝顔も、もしかしたら今回限りかもしれない。
 砂色の髪を撫でながら、チャールズはゆっくりと眠りにつく。
 そして次に目を覚ましたとき、窓の外が明るくなっているのを見て頭を抱えることになる。

丁度一年ほど前のツイートを参考にして。平和な兄親子。
150304

» もどる