後方から殺気じみたものを感じ、ネーベルスタンは右手へ飛んだ。どつ、と妙な音がして、何かが今ほどまでいた地面をえぐる。その正体に気付き、眉を寄せたネーベルスタンだったが、それに構っている隙はなかった。
 こちらの動きに合わせて伸びてくる影が、ちらりと視界の隅に映る。舌打ちをこらえて少し首を巡らせる。巨体に備わっている短い角は確実に狙いを定めていた。後ろ手にある槍で急所を狙うより、簡易の術で目眩ましをした方が早い。そう判断をし、口の中で樹術を唱えた。
 発動したニードルショットが突き刺さると同時に、脳天に鋭い雷撃が落とされる。強烈な咆哮を最後に、獣は体を沈めた。
 ふうと息をつき、額の汗を拭う。怪我もなく連携も決まった。本来なら、気分良く肩を下ろせる戦闘である。が、ネーベルスタンにとっては後味が悪かった。その原因が、彼の背後にある。
「ナルセス!」
 振り向いたネーベルスタンは怒号を飛ばした。
「これで何回目だと思っている!」
「四回目だったかな」
 ネーベルスタンを怒らせた張本人であるナルセスは、しれっと答えた。その態度がまた、怒りを煽る。ネーベルスタンは眉をつり上げた。
 先ほどネーベルスタンを襲ったものは、ナルセスが放った矢だった。この岩荒野に立ち入ってから、ナルセスは四度矢を外し、その全てがネーベルスタンを掠めた。
「悪かったとは思うが、わざとではない」
「それくらいわかっているさ。だが、四回も重なると怒鳴りたくもなる」
「お前が短気なガキだからだろう」
「これだけの回数狙いを外しておいて言えるのか?」
「弓の扱いを知らん者に言われたくないな」
 不毛な言い争いを続ける二人は、その様子を遠巻きに見ている師に気付かない。
「ナルセス君も、ネーベルスタン君も」
 ため息混じりに名前を呼ばれ、揃ってそちらへ向いた。シルマールが黙って天を指す。
「一匹逃がしましたよ」
 見上げる視線の先に翼を広げたモンスターの影があった。空高くを旋回しており、こちらの攻撃は届きそうにない。だが、ぐるぐると飛び続ける様子を見るに、逃げたのではないようだ。隙を窺っているのだろう。
 降りてくるのを待つべきか、と考えたのはシルマールとナルセスで、ネーベルスタンは違った。
「借りるぞ」
 次の瞬間にはナルセスの手から彼の得物がなくなっていた。はっとして怒鳴ろうと口を開くが、息を飲むだけに終わった。獲物を見据えた男の横顔に言葉が出なかったのだ。
 矢をつがえながらネーベルスタンは鏃を上に向ける。まっすぐに引かれる肘には迷いのひとつもない。まばたきの間に限界まで弦が伸びる。その一時、ナルセスのものだった弓は強弓へと様変わりした。ぱ、と指を外した瞬間に長い髪があおられる。
 青空に吸い込まれた矢は、鳥の首を貫いて戻ってきた。モンスターが絶命しているのは明らか。それから視線を外したネーベルスタンとナルセスの目がぶつかる。
「誰が弓の扱いを得ていないと?」
 ネーベルスタンは口をへの字に曲げて憮然と言い放った。
「見事です」
 拍手をしてシルマールが褒めると、固い表情がわずかに崩れた。
「一通りの武器は使えるようにと仕込まれましたから」
「それにしてもあの距離で仕留めるのは難しいでしょう。素晴らしい腕前だ」
「ありがとうございます」
 頭を下げる姿は純然たる武人そのものだが、ナルセスは見逃していなかった。かち合った瞳が、勝ち誇ったように光っていたのを。沸々と、憤怒が沸き上がる。
「人の物を奪い取って詫びもなしか」
「人聞きの悪い。借りると言ったはずだ」
「返事をする暇も与えずにな」
「ああ、それはすまなかった。一刻も早く片付けるべきだと思って、お前の返答を聞く間が惜しくてな」
「非常事態でもあるまい。そもそもお前がやらずとも良いことだっただろう。己の力を誇示するのがそうも愉しいか」
「いいやナルセス、お前の細腕では届かないだろうと思ってなあ。狙おうともしなかったのはそういうことだろう」
「勝手な憶測でものを判断するな。あの程度ならば誰が射っても届く。お前のように力任せにせずともな」
 荒野の最中、再び始まった舌戦に、シルマールも二度目のため息が我慢できない。とどまるところの知らないいさかいを実力行使をもって納めるため、両の拳を握ったことを当の二人はまだ気付かない。

後半書き足し。弓使いって本当は背中とか腕の筋肉すごそうだけどフロ2の弓はびよよーんて感じで、筋肉なくてもある程度は使えそうだなあと思うのです。強弓を引く将軍カッコイイ!
100329 執筆
150504 修正

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