海から吹き荒ぶ風は冷たく、薄暗い森の奥は冷ややかな空気が張りつめている。未知数の可能性を秘めた北大陸は、冬場は気候の面でも堅牢無比。遺跡を探る冒険者、土地を求める開拓者を拒絶する。
 だがその入り口、希望に満ちた人々を迎え入れる町・ノースゲートは温もりに溢れている。
 まずリッチを迎えたのは、扉を開けた瞬間に押し寄せる、生ぬるい空気だった。見やれば煌々と燃える炎。今日も、この小さな暖炉は小さな酒場を暖める十分な仕事をしている。
 そして、靴音に振り向くプラチナブロンド。この厳しい環境のノースゲートで、リッチを待ち、受け入れる、ただ一人の女性。
「おかえりなさい、リッチ」
 華やぐディアナの表情に、リッチも自然と顔が綻んだ。
「ただいまディアナ。外はひどい寒さだぜ」
 リッチは店主に酒を一杯注文し、ファーのジャケットを脱ぎ、厚手の手袋を外した。「そうみたいね」と頷いたディアナは、赤くなったリッチの指先を包む。不意の行動に、リッチはまばたきを繰り返した。
「まるで氷だわ」
 暖かい手でぎゅっと強く握られる。ディアナに慈愛の眼差しを向けられ、リッチは顔が熱くなるのを感じた。
 キスも抱きしめることも気軽にさせてもらえないのに、どうしてこういうことは恥ずかしげもなくできるのか。
 無意識のまなざしからそっと逃れると、彼女は「頬も真っ赤じゃない」と白い指を伸ばす。なぜだろう、それは君のせいだ、といつもの気取ったような台詞も出せず、リッチは己に狼狽するばかりだった。


111205