「これから空いてますか」
 普段と違う、抑えられた声音。
 落ち着き払った表情は思い詰めているように見える。強い光を宿した瞳は虚ろにも見える。
 ほんのわずか、息が止まってから、普段と同じく返事をした。

*

 ウィルと二人で飲み明かすのは、彼が成人してから何度目かだった。宿を借りることもあったし、酒場で並ぶこともあった。日々の雑談、次の発掘についての話、時には悩みの相談なんてものもした。
 そうやって話をしている途中途中で、断ればよかった、と後悔することもしばしばあった。だが、彼が飲もうと言ってくるときは、自分一人ではどうしようもないものを抱えているときがほとんどで、放っておけなかった。
 今日のウィルは、やはりおかしかった。
 誘いを受けたときから様子が違うとは思っていたが、こんなに、と内心驚く。
 酒場で席につき、酒を頼んでから、ウィルは一言も発していない。カウンターの上で腕を組み、遠い目をするばかり。誘ってきた彼が何も言わないのだから、こちらも黙っていた。きっと、それほど重要なことなのだろう。それから、やっとウィルが口を開いたのは、グラスの氷がかろんと音をたてた頃だった。
「……少し、迷っているんです」
 何に、とは問わなかった。随分と久しぶりに聞いた気のする声が、僅かに震えていたからだ。本当に迷っている――――むしろ、恐がっているかのような。
 たっぷりと間を取って、ウィルは続ける。
「このまま追い続けていくと、きっとまた、誰かを失くすと思うんです」

 ああ、その話か。
 微動だにせず、耳を傾けた。
「関わらなければ悲しいことはないだろうし、普通に発掘をして、普通に仕事をこなして、普通のディガーでいられる。そう思うんですけど、父さんの為にも、僕がなんとかしないといけないんです」
 荒野を抜けた先の、街の宿屋の話を思い出す。あのクヴェルを発見し、持ち帰ってきたのはゼルゲン兄弟だった。しかし、ウィルの父――――ヘンリー・ナイツもそこに関与していたのは事実。
 だから、ナイツである自分が片をつけなければいけない。
 彼の『母』であった、ニーナ・コクランも同じようなことを言っていた。そしてそのすぐ後、ニーナは己の役目を終えた。
「……矛盾、していて」
 く、と拳をにぎる。彼の表情は苦渋で埋まっており、余裕がなかった。
 まだ、21になったばかりというのに。この青年が背負った宿命は、重すぎる。
 彼の迷いは、おそらく、その宿命が終わりを告げるまで消えないだろう。心のわだかまりを抱えたまま、武器を構えねばならない。それはまた、終結を遅らせる原因にもなりうる。
 今、自分がウィルに言えることは、少なかった。
「お前は、その迷いと上手く付き合っていかなければならない。超えることも無くすこともできない」
 きつく結ばれた口が歪んだ。きっと、ウィル自身同じことを思い、わかっていたはず。それゆえにひどく苦しんでいた。
 そこに、だが、とつけたす。
「あまり、重く考えすぎるな。お前を苦しめる迷いは、あくまでお前が作り出したものだ」
 超えることはできないが、超えられることもない。作り出したものだから、いつかは消せるものでもある。ただ、今はどうにもできないだけで。
「……それでも辛いのなら、独りで抱えず、お前が信じる仲間に相談すればいい」
 ゆっくりと、ウィルの顔がこちらを向いた。それに合わせて私もウィルを見る。迷いが取り払われたわけではないが、顔色は幾分か良くなっていた。
 ぱたぱたと何度かの瞬きの後、その頭が、かくんと傾いた。
「ナルセスさんでも、良いんですか?」
 きょとんとしたような、汚れのない眼差し。その、透き通った瞳が苦手なんだ。
 視線を手元のグラスに移動させ、濡れたそれを持ち上げた。
「お前の信じる仲間に、私が入っていると言うのなら」
 手をつけていなかった酒を、ぐいと一気に半分ほど飲み、少し咳き込んだ。喉を過ぎて、体が熱くなる。やはり酒は得意でない。得意でないことなど、するんじゃなかった。もう二度とやらないぞ。
 胸の内でそう毒づきながらも、私は繰り返してしまう。今までと同じように。
 どうも、私はこのディガーに甘い。

1239年。この話、コーディーについて言及していない辺り、執筆当初の私がまだ迷っていたことがわかる。
100128

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