馬車で乗り合わせた男を見たとき、リベルはまず最初にむっとしたが、その自己紹介を聞いてん?と首をかしげた。
「精霊使い」
 端正で落ち着いた表情のミュルスは、確かにそう言った。精霊使い、聞き慣れない職種だ。
「あんまり……聞いたことないわね」
 エロイーズも同じようにピンとこないようだった。視線を送って続きを促す。
「昔はもっと多かったらしいが、今はほとんどいないからな。俺が持つ力も大したことはない」
 謙遜のような言葉はともかく。
「あー、よくわかんねえけど、結局お前はなにができんの?」
「精霊の声を聞き、その力を借りる」
 だめだ、わからない。涼しい顔をしたまま、本人は至極真面目に答えたつもりなのだろうけど、声とか力とかなんのことだか。素人に専門用語は理解できない。リベルはあからさまに不機嫌になる。それが思い切り顔に出てたのか、ミュルスは肩をすくめてため息混じりに言った。
「まあ、そのうちわかるさ」
 それで、リベルは直感した。たぶん合わない。なんとなく見下された気分。そんなわけで、少なくともリベルにとっては、ミュルスの第一印象はマイナスに傾いてた。

*

 エロイーズが指揮を取る形で森を進む。なるほど、噂に違わずアバロンのモンスターはタフだった。それもイニティウムからそう遠くない地でこれなのだから、定住者が増えないのも頷ける。
「でもまあ、この辺りも人の手が入ってない訳じゃないし、わざわざ街に乗り込んでくるような奴はいないんだな」
 ブーツで踏み均された道も少なくはない。ただそういう場所には硬貨の一つも落ちていないのでリベルは退屈だった。
「価値がないわね。奥へ行くわよ」
 未開の地は危険だけれど、それを望んで船に乗った。木陰の足元に、遺跡の向こうに、見たことがないものはスリルと共にあることを知っている。

*

 冷たい湧き水の匂いがする。
「こういうのはお前の専門だろ」
 と、投げて寄越した小石を覗きこんだ途端、ミュルスはその用途がわかったようだった。彼に言わせてみれば、精霊の声が聞こえた、といったところか。ぱしゃんとしずくの滴る音が響いて、次の瞬間には冷涼な空気に包まれていた。
「精霊術を使うための道具と言っていいだろう。これを使えばお前でもできる」
 何気ない言い回しがかちんとくるんだよなあ。唇を引き結んだリベルに代わって、エロイーズが「それで」と首をかしげた。
「何ができるっていうわけ?」
「傷の治癒……だな」
 答えるミュルスの目は宙に浮いている。端から見ると完全にアブナイ人だ。
「確かにちょっと体が軽くなった気がする」
 怪我らしい怪我をしていないから効果が実感できなかっただけか。
「じゃあこの欠片でもできるのね」
「あ、ちょっと待っ……」
 エロイーズの手のなかで別の欠片が光った。(精霊と)会話中のミュルスが振り向く。少し慌てたような表情……人間味のない奴だと思っていたけれど、こんな顔もするのか。リベルが少し見直した瞬間だった。目の前で泡が弾けて、ホワイトアウト、鈍い痛み、耳鳴り。一呼吸置いて、湧き水の匂い。
「ごめんなさい! 大丈夫リベル?」
 目を開けるとエロイーズが覗き込んでいる。あ、役得……。
「……そっちの欠片は攻撃用だな。だが、回復はできただろう」
 エロイーズが誤発動したあとすぐさま治癒術を使ったのか、痛みはもうない。でも違う。そういう問題じゃねえよ。リベルがミュルスを見直したのは本当に一瞬で終わった。

リベルで始めたのでこの三人パーティーでした。リベルとミュルスはきっと良い凸凹コンビ。
150714

» もどる