何度目だったか。数えるのを諦めるくらいに見た、この男の死に際。
 その光景はいつも同じだった。

 時刻は午前2時より少し手前。場所は事務所から約1キロの灯りのない路地。男は街の掃除屋ことMr.KK。
 横っ腹に乗っている手は真っ赤、その手で血を止めることなんてできないのに。つーか、そこ以外にも傷はいっぱいある。だばだば溢れてる。なんて痛そうなんだ、かわいそうに。
 苦悶に歪んだ表情、だけど、こいつは俺を見ると、必ず笑いやがるんだ。
「わざわざありがとうございます神様」
 ひどく綺麗な笑顔で。
「こんなどうしようもない人間の」
「ミスター」
「無様な最期に立ち会って頂いて」
「ミスター」
「嬉しいやら申し訳ないやら」
「ミスター」
「なんて言うべきかわからない」
「ミスター」
 硬い仮面と、それにはめ込まれたガラス玉。血の気の失せた真っ白な顔をにっこりと笑わせて、言葉を綴る。
 俺の話を聞けよ、ミスターケーケー。俺はお前のそんな空っぽな言葉を聞きに来たんじゃないんだよ。
「いい加減、作るの止めろよ」
 俺は、お前の死に際を何度も見てるのに、お前はいつもそうやって、作り笑いをするよな。
「これがお前の人生の終わりなんだ、最期の最期までそんな顔でいいのかよ。ずっと能面のままじゃん。泣いたり、嘆いたり、悲しんだり、苛立ったり、怒ったり、人間には表情ってもんがあんだろ。お前はなんで笑ってんだよ」
 まくし立ててもミスターは表情を崩さない。仮面は動かない。ガラス玉は濁っている。それはまるで、慈愛のような、何もかも悟ったような、優しい表情。
 俺を嘲笑う能面。
「もう表情の作り方なんて忘れたさ」
 違う。そう言ってるお前の表情が、作り物なんだ。何も被ってないお前の表情は、そんなもんじゃない。そうだろ。
「これが俺の普通の顔なんだよ」
「そんなわけないだろ」
「お前の言う作ってない表情って何だ」
「もっと人間味のある表情だよ」
「最期なんだから素になれってか」
「わかってるなら」
「エゴだな」
 言葉が喉につっかえた。
 俺が無言になってもミスターの顔は変わらない。遠くを眺めているような、意識が既にこの世界にないような。たった今まで会話してた事実自体が、なかったことにされているような。なぜだか目の奥が熱くなった。
 声を、絞り出す。
「笑えよミスター」
「やだね」
 いつものエンディングだった。
 いつもと同じ台詞を俺が言って、いつもと同じ台詞をミスターが返して、いつもと同じようにミスターは事切れる。作り笑いのままの表情が固まる。
 何度目のエンディングだったか、数えるのを諦めるくらいに見た、この男の死に際。剥がすことのできなかった、能面。
 またか。
 ひとつつぶやいて砂時計を逆さまにする。時を旅立って、運命を飛び越えて、巻き戻していく。

 どの時間から始めたら、いい。

MZDとKKは、相容れないのに依存してるとか、そういう薄暗い関係も好き。ところでこの話、書いたこと自体すっかり忘れてた。
121112

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