五、四、三、二、一、
「そこまで」
 無機質なアナウンスが耳の奥に届いた。狙撃のために伸ばした腕を直ちに停止させて、一呼吸置いた後、アーミィは直立姿勢に戻す。頭の隅でカリカリと戦闘中の処理をしながら、指示を待つ。
「アーミィ、次の質問に答えろ」
 訓練所に低い声が響く。それがボルテージのものだと判断し、アーミィは顔を上げた。
「狙撃した敵の数」
 強化ガラスの向こうで、ボルテージがモニターを見つめながらマイクを通して話しける。瞬時に処理結果を口にした。
「百五十二」
「その命中率」
「九十三パーセント」
「外した弾の数」
「十三」
「良いだろう」
 矢継ぎ早に繰り出される問いに答える。返事から察するに、全て正確だったらしい。ボルテージがマイクから離れる。
「んじゃ、俺からも一つ」
 ギガデリックの声が聞こえて、アーミィは処理を止めた。ギガデリックはアーミィに顔を向けているが、モニタールームは照明を落としているために表情までは見えない。
「このテストの出来について、思うことは」
「えーっと……」
 アーミィは少し俯いて、ヘルメットへ手を伸ばした。こめかみの辺りを指でコツコツと叩く。ギガデリックは、その動作全てを観察していたが、アーミィは彼の視線の意味に気付いていない。数秒かけて考えをまとめたアーミィは、その手を下ろしてギガデリックに向き直った。
「悪くはない、と思う。十三発の中には威嚇用で撃った弾もあるし」
「わかった。戻ってこい」
「ん」
 プツ、と小さな音がして、スピーカーが切れる。指示通りに部屋を出て武器を所定の位置に戻したアーミィは、二人が待つ控え室へ向かった。
「ボルテージ、どうだった?」
 部屋に入るなり、アーミィが声を上げた。少し硬い表情の彼を一瞥して、ボルテージは普段通り、無感動な様子で結果を伝える。
「問題ない。むしろ、上々の成績だな。部隊入りは確実だろう」
 それを聞いたアーミィの顔に、喜びが広がる。歓喜の声を上げようとしたが、それをかき消すように、ギガデリックが「当たり前だろ」と尖った口調を飛ばした。
「俺の作品に間違いなんざあるわけねぇ」
 その不遜な物言いに、たちまちアーミィは半眼になる。しかし、負けずに悪態をつこうとした瞬間に濡れタオルを突き出されて、首を傾げた。
「なんだよ」
「汚ねえままで研究所うろつかれたら困るんだよ。とりあえずヘルメットだけでも拭いとけ」
「……わかった」
 素直にタオルを受け取って、アーミィはヘルメットを外した。言われるまで気付かなかったが、確かに土埃を被っている。くすんでいる赤い色をがしがしとこすり、粗方終えたところで、ついでに首の周りも拭く。
「服も洗っとけよ……アーミィ」
 名前を呼ばれた瞬間に、アーミィの頭に重みがかかった。思わず顔を上げる。ギガデリックの手が、色素の薄いアーミィの髪をくしゃくしゃと撫でていた。そして、笑っているその顔は、いつもと何かが違った。
「よくできた」
 おそらく、初めての労いの言葉。
 アーミィは目を瞬かせた。こんな時に、どんな表情をしていいかわからない。前例がないからだ。喜ぶべきか、悲しむべきか、怒るべきか、何か他の表情か。正解が見つからず、されるままにアーミィは俯いた。
「それじゃあ、俺は戻るぞ」
「ん、お疲れ」
 ボルテージの言葉と共に、ギガデリックの手が離れた。軽くなった頭の上を自分で触って、アーミィは考え込む。ボルテージが部屋を出て、室内は静まり返る。アーミィは、ギガデリックを見つめた。
「ギガ、あのさ」
「また教えてやるよ」
 アーミィの思惟を悟ったギガデリックが言った。
 アーミィは、他のヒューマノイドよりも人間らしい動作と表情を持つ。だが作られて間もないために、そのバリエーションは少ない。プログラムとして備えつけることは簡単だが、ギガデリックはそうはしなかった。アーミィ自らが、僅かな感情の機微に気付き、覚えるのを待っていた。
「これから少しずつ、な」
 いつもの不敵な笑みを浮かべるギガデリックに、アーミィはぎこちなく頷いた。

イラストを描いていただいて、それを元にストーリーを組んだもの。アーミィがギガに作り直されて数か月後、まだぎこちないアーミィ。
120204

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