『全館放送! 人間、魔族、機械、機関に属する全てに告ぐ! 本日9月28日は、戦闘部長、前線司令、潜入部監視官ヒューマノイド・Voltageの誕生日である! 正しくは製造日だろうが、んなことはどうでもいい。前線部隊の連中は当然だが、開発、監理も彼には感謝し、敬意を示さねばならない。今日の組織があるのはボルテージの力あってこそのものだからだ! 俺たち開発がいくら有能な兵器を作っても、監理がいくら施設の整備をしようとも、結果がなければそれはただのガラクタだ。その結果を得るには戦場での活躍と指揮、これが全てだ。そしてその指揮は、ボルテージに委ねられている。最小限の被害と最大化の戦功で、多くの勝利を得た彼は、大いに讃えるべき存在であるはずだ! ロボットだから何かくれてやるわけにもいかねぇが、今日一日くらい奴の面倒事を減らすくらいはできるだろう……特にグラビティ! 余計なことするんじゃねぇぞ! 以上!』
『以上、じゃないでしょう。ちゃんと連絡も伝えてって言ったのに……9月28日、起床時間です。本日の出撃予定はありません。14時より試作兵器の実験を施設外で行うため、外出許可はーー』

「毎朝この放送だったら」椅子に座ったエグゼがコンソールの操作を始めた。「寝坊する人はいないかもしれませんね」
「そうかもしれないが、遠慮したい」
「そうですね」
 その声音は無感情に聞こえるが、返事をした方も負けず劣らずだ。
「ヒューマノイドとはいえ、機械の誕生を祝う人が他にもいるとは思いませんでした」
「他にもいるのか?」
「やり方は全く違いますが、兄さんは毎年祝ってくれます」
「……ああ、やりそうだな」
「まあ、大袈裟なことには変わりありませんけど――――ともかく、誕生日おめでとうございます。ボルテージ」
 全てのシステムの機動を終えたエグゼが、傍らに立つ男を見上げた。その言葉を受け取ったボルテージは、喜んでいるとは到底思えない複雑な表情で、「ありがとう」と言った。

*

「迷惑、ではない」
「じゃあ用もないのになんで来たんだよ」
「文句と感謝を言いに」
「やっぱり迷惑なんじゃねぇか!」
 言葉とは裏腹に、ギガデリックは大きく笑い声を上げた。名前こそ言わなかったものの、あの声が誰のものだったのかわからないボルテージではない。わからないのは、ギガデリックが何の為にあんな放送を(それも全館に!)したのか、それだけだった。
「機械の製造日なんか祝ってどうする」
「楽しいだろ、俺が」
「……そうか」
 そういえば、いつだったか、ギガデリックは自分の楽しみの為なら多少の犠牲は仕方がないと豪語していた、気がする。どうやら自分はその犠牲者になってしまったようだとボルテージは思った。
「俺の製造日は、シークが?」
「ああ、祝いたいって言ったらすぐに調べてくれた。“誕生日”の方は教えてくれなかったけどな」
 ギガデリックはニヤリと口端を上げたが、ボルテージは笑えなかった。冗談でもなく、本当に聞いたのだろう。シークが、ボルテージの本当の誕生日を教えるはずがないと確信は持てるものの、背筋が凍ったのは言うまでもなかった。ヒトだった過去を知られるのは気持ちの良いことじゃない。
 話を変えようと、そばでテレビ型ロボットのシロと戯れるアーミィを見る。
「祝うならアーミィでもよかったんじゃないか」
「え、俺?」
 話を振られるとは思っていなかったアーミィは、シロを肩車したまま二人に向いた。
「それはないと思うけど……ボルテージは有名だし、いろんな人に会うし、性格的にも……合ってるよな?」
「満点だ」
 珍しく満足そうなギガデリックを見てアーミィは「やった!」と大袈裟にガッツポーズした。その拍子に振り落とされそうになったシロがヘルメットを叩いて抗議し、アーミィが慌てて謝る。二機の様子を観察していたギガデリックは、素早くペンを走らせた。一見遊んでいるように見えるが、彼にとっては立派な研究である。
 シロを宥めて、今度は両腕に抱いたアーミィが「あ、あと」と思い出したように言った。
「俺は誕生日と製造日が一回ずつあるから、ややこしいな。この身体を作った日と、ギガが俺を作り直して意識を持つようになった日と」
 そう言うアーミィは、ボルテージの過去を知らない。
「……アーミィは、誕生日を祝ってもらうのは嬉しいか?」
「まあ、誕生日だったら嬉しいかも。製造日は、その時の記録がないからなんともなー」
 なあ?と同意を求めたが、シロは頭を傾けるだけだった。

*

 古いメモリーは、人間の記憶と違って色褪せることはない。

「ハッピーバースデー、ボルテージ」
 しゃがんだ彼の顔は、目線より低い位置にあった。
「これ、あんまり良いものじゃないけど、プレゼント」
 そう言って、小さな両手にたくさんの小袋を渡された。キャンディ、チョコレート、グミ、クッキー。カラフルに彩られたお菓子の数々。初めて見るものではあったけれど、それがきっと素晴らしい物だと直感したのをよく覚えている。見た目だけではない、何より、彼がくれたのだ。悪い物のはずがない。
「どうしてこんなものをくれるの?」
「誕生日のお祝いだからだよ」
「お祝いって、なんで?」
「俺が、ボルテージのことが大切で、大好きだから」
 彼の大きな手が伸びてくる。それを素直に受け入れることができるのは、彼が頭を撫でようとしてるのをわかっているからだった。
「俺がボルテージと出会って、今日まで一緒に過ごして、また一年、一緒に過ごせることが嬉しいんだ。ボルテージは、嬉しくない?」
「……俺も、一緒にいるの、嬉しいよ」
 幼いボルテージには、彼が言っていることは理解できていなかったかもしれない。だが、ただ、彼が喜んでいることが嬉しかった。自分に笑いかけてくれるだけで十分だった。
 頭が下がり、手の中のお菓子に目が向けられる。
「ねえ、これ何?」
「すごくおいしいもの。他の人に見つからないようにね――――」
 記録は続いていたが、ボルテージはそこで再生を止めた。そのメモリーを見ることに意味はない。遠い過去の、遠すぎる昔の話だ。
 ファイルを閉じて、少し迷って。
「何をぼんやりしているのかね、司令殿?」
 間近で聞こえた気取った声に、ボルテージは慌てて視界を切り替えた。目の前の机で、両腕で頬杖をついた零壱がニヤニヤと笑っている。普段のヘルメットと装甲を身につけていないところを見ると、どうやら今日は非番だったらしい。ゆったりとしたオールインワンを着ている姿は見慣れない。
「こんな近くに来ても見えないとは、ちょーっと気ィ抜きすぎじゃないか」
「そうですね、気をつけます」
 すぐに平静を取り戻したボルテージだったが、零壱にはわかっていた。彼の声音が、わずかに鋭くなる。
「随分深いトリップだったな。何を見ていた?」
「……昔の記憶を」
「記憶、か」
 記録ではなく、記憶。目を細めて、零壱はボルテージから視線を外した。
「昔の記憶は大事にしなきゃいけない。機械である俺が……たぶんお前もそうだと思うが、人間の感情を理解し、感情の再現ができるのは、人間だった時の記憶があるからだと思う。今はもう完全に0と1のデータになっていようが、過去は確かにあった。メモリを消さない限り、覚えていられる。俺が弟を可愛がるのも、お前があいつを大切に思うのも、人間だった過去の自分がそうしていたから……そういう感情があったからだと思う。他の機械が持ってない感情の根源である記憶だ、消すなんて勿体無いだろ?」
 零壱は軽快にウインクして見せる。彼には、自分の考えや行動など全てお見通し、というのだろうか。ボルテージは黙り込むしかない。
「あいつがお前の誕生日だーってあんな盛大に騒いだのだって、何か理由があるんだろうよ。あの腕白少年は頭いいからなあ」
「……そうでしょうか」
「俺の想像だけどな!」
 快活に笑った零壱は、大きく咳払いをして佇まいを正した。とはいっても、ラフな服装のために格好はつかないが。
「そういうわけだから」と零壱は拳を突き出す。「手出せ、手」
 わけがわからないまま片手を出すと、ぐいと拳を押しつけられた。何かが落とされる。掌にあったのは、プラスチックの袋に入ったレモンキャンディだった。
 二人の間に、しばしの沈黙が降りる。
「あの、これは」
「手持ちがそれしかなくてなぁ」
「そうじゃなくて」
「雷龍色だし丁度いいだろ!」
「俺は消化できな」
「お誕生日おっめでとー!!」

*

 星の見えない、にび色の空が広がっていた。施設の屋上に来たボルテージは、そっと息をつく。
 昔はよく、一人になりたい時に来たものだが、それも数十年ぶりだった。今は、一人になりたいと思ったのではない。外の空気を吸いたかった。コンクリートと鉄で覆われた息苦しい空間から抜け出したかった。いつになく大勢の人と接し、色褪せないメモリーを思い起こし、少しーー妙な表現だとは思うが、感傷的になっていた。
 日の落ちた空は、見慣れたにび色だ。決して、晴れた夜がないというわけではない。ただボルテージはあまり、星空というものを見たことがない。
 それに気づいた時、背後に人の気配を感じた。直感で、それが誰か感づいた。
「シークか」
「こんばんは。お邪魔するわね」
「どうした、何か不都合があったか」
「そういうわけじゃないの。第一、今はオフよ」
 ボルテージは首を捻った。二人は、仕事以外の会話をしたことがほとんどない。仲が悪いのではなく、特別仲が良いのではないのだ。
 訝しむボルテージをよそに、シークは澄ました表情で居住区の方向へ指を指した。
「マンションの屋上からあなたが見えて、今日、会ってないと思ったから」
「居住区から? よくわかったな」
「あなたのシルエットって、特徴的なのよね」
 くすくすと笑うシークはヘルメットのことを指したのだろうが、ボルテージはシルエット云々より、人影が見えたことに驚いた。
「ギガデリックが、あなたから感謝と文句を言われたって笑ってた。私も謝った方がいいかしら?」
「いや。そもそもあいつは俺に謝らなかったぞ」
「あら……じゃあ必要ないか」
 彼女の様子を見ていると、ボルテージは、元々謝る気などなかったのでは、という気がしてきた。プライベートのシークと二人きり、このおおよそ有り得ない構図で、どうしろと。
 シークはというと、そんなボルテージの動揺をある程度は予想していたが、ここまで顔に出るとは思っていなかった。だが、さして気にせず余程疲れているのだろうと決め込む。ボルテージとは対照的に、マイペースに話をする。
「今日、どうだった?」
「人とすれ違う度に声をかけられた」
「なんだか大変そうね」
「それも親切でそうされるから少し困る」
「ちょっとした災難ね」
「下手な戦場に出る時より気が張った」
「……やっぱり謝った方がいい?」
「いや別に」
 妙に疲れた一日であって、悪い日とは言っていない。そう、悪いことなど何もない。
「……まあ、良い一日だった」
「いいえ、今日はまだ3時間以上も残ってる」
 やんわりと訂正したシークの口調は、穏やかだ。
「ギガデリックはああ言ってたけど、あなたにもプレゼントできるものはあるのよ」
「キャンディはやめてくれよ?」
「キャンディ?」
 ボルテージは、零壱からもらった、もとい強引に押しつけられたレモンキャンディをポケットから出した。それを見たシークの目が丸くなる。
「零壱からだ」
「……あの人って、本当に魅力的だわ」
「全くだ」
 そのキャンディは仕舞わず、そのままシークに渡した。意図を汲み取って、彼女は素直に受け取る。それから軽いため息をついた。
「誕生日の人に物をもらうなんて……。それじゃあ、私からプレゼントね?」
 シークは重い空を見上げて、視線の先に腕を伸ばした。つられてボルテージも空を見る。一瞬、にび色が微かに歪んだ気がした。が、目を凝らそうとした時にシークが口を開いて、ボルテージの集中が乱れる。
「たくさんの人にお祝いしてもらって……プレゼントももらって……そんな素敵な日なのに、星空がないなんて……惜しいじゃない?」
 シークが何をしようとしているのか、見当がついた瞬間だった。濁っていたはずの空が大きくたわむ。瞬きの間に、満天は、深い濃紺に変わり煌めく星が広がっていた。息を呑んで、ボルテージは星空に見入る。
「見事な、魔法だ」
「光栄だわ……あんまり長続きはしないけどね。持って30分ってところかしら」
「いいや、素晴らしい」
「ありがとう。それじゃあ、用も済んだし私は行くけど……ボルテージ」
 その時ボルテージは、今日初めてシークに名前を呼ばれたなと思った。その柔らかな笑みの中に、ほんの少しの悪戯っぽさがあった。
「一年で一番素敵な日に、一番大切な人がいないなんて、ちょっと変よ」
 現れた時と同じように、シークは音もなく消える。
 ボルテージは再び一人になった。彼女の言葉の意味を考えようとしてーーその間もなく、屋上にある唯一の扉が開いた。

「ああ、やっと見つけた」
 彼の声は何十年と変わらない。変わったのは、対等になった目線。
「ハッピーバースデー、ボルテージ」

4th稼働記念日=ボルテージの誕生日ということで。ちなみに、タイトルは電子の静寂(しじま)です。ルビ必須。
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