世間的には、この状況は絶体絶命のピンチってやつなんだろう。
 狭い路地に男が八人。俺と六くんと、あとは知らない人。その知らない人ってのはこの場合、敵だ。俺に言わせてみれば敵って言うか邪魔者なんだけど。まあ、わざわざ挟み撃ちにして獲物を向けてるんだから、少なくともあちらさんは俺たちを敵だと思ってる。
 俺だけ、のはずだったんだけど。
「六くんさあ、そんなトラブル吸引体質じゃなかったよねえ?」
「そのつもりだ」
「うーん……」
 って言っても、完全に巻き込んじゃったんだよなあ。
 今夜のターゲットを見つけて、どうやったら楽に殺せるかを物陰で考えていた時に降ってきた声。
「何やってんだジャック」
「んぇ?」
 耳馴れたその声が六くんのものだって気付く前に、反射的に返事をしてしまったのが悪かった。間抜けな声を相手方に聞かれてすぐに応援を呼ばれた。で、なぜかその応援はものの数秒で到着。たぶん、襲撃を予測して網を張っていたんだろう。どこから情報が漏れたか知らないけど、これで報告書の数が増えた。
 間違いだったのは、返事をしたことか、この依頼を受けたことか。
 って考えてみたけど、正直、そんなことはどうでもいい。
 ちらりと確認した六くんの腰には、いつものように日本刀が引っかかっている。この状況だったら文句は言われないはずだし、もういいや、巻き込んじゃえ。
「生還することを第一に考えて」
 六くんが塚に手を添える。
「逃がさないように戦ってほしい」
 俺はナイフを握る手を緩める。
「殺さなくていいから」
 カチリ、と背後で鳴った音。
 六くんが刀を抜くと同時に俺は走り出した。相手は三人、前に二人と奥に一人。その奥の一人が狼狽えたのを確認して、背負っていたガスボンベを思い切り投げつけた。前にいた一人の顔面に直撃。ナイスヒット! 狙い通りだ。もう一人にはナイフを飛ばす。掠めただけに終わったけど構わない。まっすぐに走っていって、腰を落としてストレート、と見せかけてジャンプ。後ろで拳銃を構えていた男に脳天踵落とし。裸足だからこっちにもちょこっとダメージがあったけど、相手は立ち上がれないだろう。着地した足の向きをぐるりと回して、ちょうどこっちを向いた男の鳩尾に今度こそ拳を叩きこむ。呻き声を漏らして膝から崩れ落ちた。
 すぐに六くんの方へ振り向くと、相手は二人に減っていた。見た感じ、六くんには余裕がある。
 どうやって加勢しようか考えて、足元に転がるガスボンベを拾い上げた。両手で頭の部分を持って駆け寄る。くいっとマスクを下ろして叫んだ。
「六くん下がって!」
 正しく聞いたらしい六くんが構えを解かずに素早く後退する。その脇を駆け抜けて、俺はボンベを大きく振りかぶった。呆けた横っ面に命中して壁に激突する。ボンベを地面についたところで、今度は六くんが飛び出した。これまた後ろで青い顔をしていた男の額を掴んで地面に叩きつける。ゴッ、といかにも痛そうな音。それを最後に、路地は静かになった。

 ふう、と息をついてゴーグルを頭の上に押し上げる。殺さないように戦うのはとても面倒くさい。
 って気持ちは横に置いて、俺は六くんの肩を軽く叩いた。
「ごめんね六くん、助かった」
「いや、俺こそジャックの邪魔をした。悪いな」
 待ち伏せされてたんだから、どうせこういうことになったんだろうけどね。
 無言で横に首を振って、隅に落ちているビニール袋を渡した。最初、声をかけられた時に六くんが持っていたコンビニ袋。邪魔になるからって踏まれないよう隅に置いてたやつ。
「これ、六くんのだよね。こんな夜中にどこ行ってたの」
「ああ、酒のつまみを買いに」
「ありゃあ……」
 ってことは、おつかいの帰りにこんな修羅場に出くわしちゃったわけか。ミスターと酒盛りしてたに違いない。それはますます悪いことをした。と思っていたのに、六くんは袋の中からなにかを取り出して、それを俺に突き出した。
「やる」
「え、いやいや、悪いって。俺の方が巻き込んだのに」
「日々の慰労品だと思え」
 うーん、と唸る。こう言いだしたら六くんは意地でも曲がらない。から、頂くことにする。薄っぺらい袋に入った、白っぽくて長細いなにか。
「なにこれ」
「チーズ鱈。うまいぞ」
「甘い?」
「わりと辛い」
 この世にはまだまだ知らない食べ物がいっぱいあるらしい。見た目はなんともいえないけど、六くんが言うことだし信頼しよう。
 いやいや、そんなことより、ちゃんと始末しないと。
「六くん、後はいいから早く帰ったら?」
「……殺すのか」
「うん。だから帰りなよ」
 六くんがいる前じゃ、とどめを刺せない。六くんは人が殺せないし、殺したくないから。
 そんな人にその現場を見せるのは当然良くないに決まってる。今から殺しますよって発言もアウトな気がするけど。
「わかった」
 了承して、六くんは歩き出した。帯剣した背中に「おやすみ」と声をかけるとひらひら手を振ってくれた。

 六くんの刀には血がついてなかった。見たところ、伸びてる人たちにも切り傷はない。鞘から抜いたけど、それを威嚇にしか使わなかった証拠だ。
「それか、全部峰打ち……」
 気絶した男たちをずるずる引きずって一か所にまとめて、頭を抱えて一人ずつ首を折る作業。汚れたくない時のやり方はいつもこれ。
 この人たちは本気で殺しにかかってきた。覚悟が足りなくて震えてただけのやつもいたけど……それでも、一対多数だ。端から殺す気なんかなく適当にあしらって倒した六くんはすごい。
 なんで帯剣してるのかわかんないけど。

まさしく、友達の友達って感じの関係が、ジャックと六。
111023

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