見納めかな、と思った。
 ホームルームにも関わらずしっかりと巻かれている青いマフラー。教室に暖房なんてかかってなくて、確かに寒いけれど、そこまでしなくても、とは思う。でもきっと、私の隣にその青がなかったら落ち着かないんだろうな。だってそれは、ナカジ君がいないってことになるから。
 約三か月、隣の席だったナカジ君。その頃から毎日マフラーをつけていて、私の視界には真っ青な色がちらついていた。初めのうちはその存在感がすごくて気になっていたけど、二週間も経ったら、青色は日常の一部になっていて。慣れっておそろしい。
 でもその青色ともしばらくさよなら。今日が終業式だから。もしかしたら、しばらくじゃなくてずっとかもしれないけど。年明けたら席替えあるだろうし。
 青色、結構気に入ってたんだけどな。
「青って、これ?」
「え?」
 突然のナカジ君の声。びっくりして隣に顔を向ける、ナカジ君は巻いたままのマフラーを掴んで、私の方を見ていた。あ、さっきの口に出ちゃったんだ。恥ずかしい。
 赤面しながら無言で頷くと、ナカジ君はしばらく私を見てから
「あ、そ」
 なんて言って、顔を前に戻した。いつものことだけど、無表情で何を考えているのかわからないから冷たい印象を受ける。それで、ちょっとだけ傷ついたような気分になる。
 なんとなく気まずくなって、私も視線を外した時。
「なんで過去形なんだ」
 ぽつ、と呟くように質問をされた。なんでって。
「……席替えするから見れなくなるかな、って思って」
「席替えしてもつけるけど」
「隣じゃないとあんまり見えないよ」
「別に見なくてもいいだろ」
「でも、見ると落ち着くから」
「…………あ、そ」
 あ。今一瞬、ナカジ君変な顔した。困ったような諦めたような狼狽えたような、初めて見た表情。
 呆気にとられていると、ナカジ君はまた顔を前に戻して、不機嫌そうに頬杖をついた。会話は、さっきと同じナカジ君の言葉で終わってしまった。
 でも、やっぱり表情があるだけで気分が違う。ちょっとだけ嬉しいような気分。
 隣の席のナカジ君は、青色のマフラーに埋もれて、表情どころか顔もよく見えなかった。

*

 三学期の始業式に、ナカジ君が出席していた。
「なんで?」
「なんで、って……」
 だって、提出物があるわけでもないし、テストがあるわけでもないし、寒い体育館で先生の話を聞くだけの日なのに。
 それに、冬休み明け一日目って、生活リズムが戻らないまま早起きして、ただでさえ退屈な時間が余計に辛いから。
「ナカジ君、来ないと思ってた」
「俺をなんだと思ってるんだ」
 心外な、とでも言いたげだけど、ナカジ君には前科があるじゃない。夏休み明けは来なかったし、聞いた話だと去年は九月も一月もいなかったらしいし、タロー君だって「何でいるんだよ!雪降るかも!」って大声で言ってた。本当に、雪降っちゃうんじゃないかな。
「珍しいね、なんで?」
 もう一度尋ねると、少しの間の後に、ふてくされたようにぼそりと一言。
「明日、席替えだから」
 それだけ言うと、ナカジ君は机に突っ伏してしまった。
 ……よくわからない。確かに明日は席替えだけど、なんで今日来たのかに繋がらない。でも、もうナカジ君は喋る気はなさそう。謎は迷宮入り。
 青色のマフラーをつけたままのナカジ君は、その後すぐに先生に頭を叩かれていた。

世界一ピュアなナントカ。まだ恋してないくらいのナカサユが好きです、かわいい。
120111

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