冬にこの仕事はキツい。まあ年中通してキツいことにはキツわけだが、夏には夏の苦労があって、冬には冬の苦労がある。
 寒い、というより冷たい。それと痛い。風も強いし、なぜこんな日に外に出てワルサーを握らなねばならんのか。そりゃあ仕事が入ったからに決まってる。
「あー、さむ」
 そのお仕事も、無事終了。あとは応急処置の臭い隠しにちゃちゃっと一服して、帰宅するのみ。けど、ちゃちゃっといかないのが今日この頃。
「よ」
 ほら、出てきやがったよ、ピーターパン。
「未成年はお家に帰る時間ですよ」
「なに言ってんの」
 少年、もとい神サマは、ぷわぷわと宙に浮かんで、どこからともなく、毎回このタイミングで現れる。こういう場合は有無を言わさずばきゅんと一発いくのが正しいんだが、そういうわけにいかない。
「大変そうだな、手伝っちゃおうか?」
「神がこんな汚れ仕事」
「汚れ仕事ね」
 軽やかに降り立った神は、左胸の、心臓に指を突き立てる。ぐりりと押しつけられて離した指の腹には、
「汚れ発見」
 赤いような茶色いような血。してやられたなーとなぜか得意げに笑う神、ああ付き合っていられない。一服するのは諦めて、ため息と共に歩き出した。
「おーい、冷たいな」
「お前のせいで予定が狂ったんだよ」
「何の予定だよ、仕事は終わりだろ」
「お前にゃ関係ない」
「タバコくらい家でいーじゃん」
「心読むな」
 悪びれる様子もなく舌を出す姿に苛々する。本気で用がないなら帰れよ、まじで。
「ちょっと聞きたいことがあってだね」
「心読むなっつってんだろ」
「今夜は離さないから、とかどうよ」
 どうよ、知るか。
「まあ、冗談はさておき」
 浮ついた声音と緩んだ表情に重みが出たのに気づいて、俺は少しだけ歩く速度を落とした。
「それ、なんで手袋しないの」
 コートのポケットに突っ込んだ手を指して神が首を捻る。わざわざ聞かなくてもいいものを。
「素手じゃないと撃てないんだよ」
 俺は、構えてから引金に指を掛けるまでのアクションが短く、引金のウエイトは比較的軽い。デリケートなもんで、布っきれ一枚挟んだだけで感覚が変わる。かじかんで指が動かなくなるよりそっちの方がでかい。という真っ当な理由が半分。残り半分は、マインドの問題。調子が狂うというか、気分が乗らないというか、後者は有り得ないか、こんなもん好き好んで握るやつの気なんか俺にはわからない。銃を構えてからの雑談なんて悪趣味も。だからアクションが短いわけだ。
 それは口に出さないけど、
「へえ」
 たぶん、どうせ読んでいるんだろう。
 短い答えを聞いた神は、いかにも面白そうに目を細めた。しばらくの無言の後、突然ポケットに手を突っ込んだ。がっちりと握られて、離せない。
「おいこら」
「あーこれは冷たいね」
「離せ」
「よくここまで冷やしたな」
「聞けよ」
「人間の手だ」
そういう神の手は異様に暖かい。
はっとしてその表情を見たけど、グラスの奥の瞳は真っ暗でよく見えなかった。

でも素手だとかじかみそう。
111210

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