「はーっぴばーすでーとぅゆー」
 ヘタクソな歌声が耳を突く。音楽センスは抜群なのに音感はない、なんてわけではなくわざと外している。
「はーっぴばーすでーとぅゆー」
 長音を僅かにずらすなんて芸当は音感がなければできない。その下がった音が最高に気持ち悪い。
「はーっぴばーすでーでぃあけーけー」
 極めつけにウインクを寄越してくる姿に、今日の役目を終えたばかりのワルサーに手がかかった。駄目だ、我慢できない。
「はーっぴばー……」
「うるせぇ帰れ!」
 引き金には触れず、取り出したワルサーを思いきり投げつけた。ゴツ、あう、ガツン。鉄の塊は珍しく額にヒットし、少年は間抜けな声を上げて、ワルサーが床に転がるのと同時に尻餅をついた。あいたたなんて帽子の上から額をさする。それでも、見下ろす顔は不敵に笑っていた。
「いきなりだなオイ」
「そりゃこっちの台詞だ」
 それもそうだなーと深く頷くが、どうせ気にも止めていないだろう。
 神は、いつだって遊び半分の冗談半分。日付が変わってからやっと帰って来れた我が家で、この威厳もへったくれもない神の気まぐれに付き合わされる自分を、心底哀れだと思うのはKKしかいなかった。

「神サマよ、俺の誕生日いつか知ってるか」
 仕方なくMZDを部屋に通したKKは、着替えながら問いかける。この突撃はよくあるもので、MZDも我が物顔でくつろいでいる。
「12月5日だろ」
「そうだ。今日何日だと思ってんだ。てお前なんで本当に知ってんだ」
「そりゃー神様だからな、んでその神様は超多忙なわけだよ」
「答えになってない」
「どっちが?」
「俺の誕生日を知ってる訳のほう!」
 のらりくらりとした受け答えに苛ついて思わず怒鳴った、が、丁寧にお茶は出す。矛盾した行動もまたいつものこと。KKはため息をつきながら、机を挟んでMZDの前に座った。
「まあ、知ってる訳はどうでもいい」
「ヘルクリーンでちょっと調べたら出てきたぜー」
「どうでもいいっつってんだろ、どうでも。俺が言いたいのは、忙しいなら来なくていいだろって話だ」
「つれないな、俺とけーちゃんの仲でお祝いしないわけにいかねーだろ」
「だったら当日に……いや祝ってほしいわけじゃないんだが」
「わーいKKがツンデレだー」
「違う」
「大丈夫、ツンデレもいけるから」
「……ちょっと黙ってくれないか」
 MZDとの会話は体力も気力も使う。仕事終わりのKKには重労働だ。もう一度大きなため息をついて、気分を落ち着かせる。乗せられるな乗せられるな。
「……だいたい、祝ってもらうような年でもないし」
「『こんな人間祝ってどうする』って?」
「……読んだな」
「読んでねえよ。そう考えるかなーって思った」
 正解だな。そう笑うMZDの顔は無邪気だ。KKは、その顔を見るとどうにも居心地が悪くなる。
 それを知っていて、MZDは笑いかける。
「まあ、たまには肩の力抜いて」
 ごん、とどこから出したのか、机に一升瓶とグラスが置かれる。日本酒か、けれどそれがどれくらいの値打ちのものか、KKにはわからない。
「なんだこれ」
「六から、ハッピーバースデー」
 へえ、とKKは目を見張った。律儀な人間だとは思っていたが、こんなものを用意するとは。彼にも誕生日を教えた覚えなどないが、MZDの仕業だろう。六のことだから、良いものに違いない。次に会った時にきちんと礼を言おう。ラベルを眺めながらKKは心に決めた。
 MZDはいそいそと瓶の口を開け、なみなみと注いだそれをKKに手渡した。
「今夜は付き合うぜ」
「……飲むのか?」
「いや、バースデーソングのリミックスを用意した」
「丁重にお断りします」
 苦笑いしながら酒をあおる。
 忘れられるわけではないが、肩の力は抜けそうだ。目の前の神サマにも礼しなくちゃな、とKKは思った。

誕生日過ぎちゃってからお祝いにくる神様。本当は六も登場させたかったのが、名残として日本酒。
111210

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