幼い頃から、リミッターを外すなと言われ続けてきた。何度も何度も、反復し、脳髄に擦り込むように。
 わけがわからなくて、どういうことなのか聞いても誰も教えてくれなかった。「理解できないのなら問題ない」と言って。だったら口うるさく言うなと思った。それは繰り言だ。わからないのに聞かされても意味がない。それなのに、その言葉は毎日繰り返された。
 リミッターを外すな。研究員達のその声は、今も耳の奥に残っている。

「それは、お前の力が成長型だからだよ」
 教えてくれたのはエレクトロだった。
「成長型ァ?」
「そう、グラビティが成長する毎に、その力も成長する。ただ一口に重力操作と言っても、昔よりできることが増えているんじゃないかな」
「あー……」
 グラビティは記憶を遡る。昔、自分の出生やその目的など知らなかった頃。虎大和やアクティと訓練所で遊んでいた頃。自分は、どうやって力を操っていたか。
 はじめは、重みを加えること。次に、重みを減らすこと。それから、物体の一部分にのみ作用させること、発動のタイムラグを減らすこと。今も尚、利便性は向上を続け、多様性は幅を広げている。
「だから、力に蓋をしなければいけない」
 成長しすぎてしまわないように。
 本来ならば、グラビティは大和やアクティと同じく、ただの強化人間として生まれるはずだった。だが、赤ん坊は黒い瞳と聴覚の衰えを引き替えにするように、重力操作という未知の能力を持って生まれた。
 変異的に表れた能力は、全てが解明されたわけではない。説明のできない発動原理。底の見えない可能性。その力を持つグラビティもまた、未知の存在なのである。
 膨らみ過ぎた風船が破裂するように、グラビティの中で成長する力が、いつかグラビティ自身を食い破ってしまうかもしれない。制御装置であったグラビティが壊れたら、剥き出しになった力はどうなるだろう。予測はできない。
 何が起こるかわからない。何が起こってもおかしくない。将来を恐れた研究員達は、彼にリミッターを取りつけた。

「俺もお前みてぇに機械だってのか」
「違うよ、グラビティに取りつけられたリミッターは物理的なものじゃない。まあ、俺も詳しくは知らないけど」
「あ? なんだそりゃ」
「“Gravity”に関する情報は機密レベルが高くてね、俺にはアクセス権がないんだ」
「ふーん。……で、そのリミッターって結局何なんだよ」
「さあな。装置じゃないなら、強化術と同じようなものなんだろう。とにかく、お前はそのリミッターを外してはいけない」
「外し方なんてわかるか」
「要するに、力みすぎるなってこと」
 そう言われて、グラビティは己の手のひらを見つめた。
 対象物を認め、意識を向けて、イメージをする。グラビティはそうして重力操作をする。ここ数年は、ずっとその方法を貫いている。力が成長するならば、それは変わるかもしれない。対象物を見なくても、格別意識をしなくても、イメージを作らなくても、操ることができるようになるかもしれない。
 だがそれは、恐ろしい想像だと思った。成長が行き過ぎて、無意識のうちに力を使ってしまったら。仲間に危害を与えるかもしれない。施設を破壊してしまうかもしれない。止めようと思っても、嫌だと思っても止まらない。きっとそれが、能力に食い尽くされ、そして食い破られるということなのだろう。
 今は制御できている能力に、全てを奪われて。
 取り留めのない思考を断ったのは、ヘッドホンから流れてきた電子音だった。作戦開始時刻が迫っている合図。エレクトロの元にも、同様の信号が送られていた。
「準備」
「もうできてる」
 グラビティは大きく伸びをする。己の能力が未知であり、恐ろしい可能性を含んでいることは理解できた。が、それを使わずに戦うことはできないし、制御ができなくなる保障があるわけでもない。
「ま、俺がどうにかなったらお前がどうにかするんだろ?」
「言いたいことはわかるけど……もう少し言葉を勉強した方がいいんじゃないかな」
「わかるなら問題ねぇ!!」
 そもそも、重力の名を冠する己が重力に負けるはずがない。リミッターがあろうと、なかろうと、制御してみせる。この名前は伊達じゃない。
 グラビティはそう思うのだ。

130223

» もどる