人間が長時間動き続ければ疲れ果てるのと同じように、機械も使い物にならなくなる。戦闘用のオートマトンはそれが著しく、連続的な活動は義体が耐えられない。ほんの数十秒でも活動を停止するのならその限りではないが、それでも負担は大きい。そのために、オートマトンは不要な戦闘訓練はできるだけ避けるよう指示されている。
 はずなのに。
 今月だけで、三回目。

 回線を切って右足を取り外す。かすかにゴムの焼けたような臭いが漂い、ギガデリックは眉を寄せた。ARMYを睨むと、ARMYはその眼光から逃れるように視線を外す。舌打ちを堪えて膝の関節部分を開いた途端、臭いが強くなった。検査台に座っているARMYに関節の中は見えないが、彼の嗅覚、もとい匂いセンサの反応から状態がわかる。ギガデリックの表情からも、わかる。
「またかよ」
 唸るような低い声にARMYは身構えた。
「いい加減学習しろっつってんだよこのナマクラ!!」
「仕方ないじゃん!」
「仕方なくねぇ!」
 怒鳴られたARMYの目の前に、外された自身の足が突き出される。開いた膝、関節の中身はひどい有り様だった。焼き切れたベルトは見慣れたものだが、モーターまで真っ黒に染まっている。溶解して飛び散ったゴム片はあらゆる箇所にこびりついていて、解体しないと取れそうにない。表面の皮膚が伸びているのは熱を持ちすぎたためだろう。
 一目で悲惨な状態を把握したARMYは、恐る恐るギガデリックを見つめた。
「……すみませ」
「謝んのが遅ぇんだよ!」
 台に足を叩きつけた瞬間、ラボラトリー内に来客を知らせる機械音が響いた。
「エレクトロだ」
 ARMYがドアを見つめてつぶやく。それを聞いたギガデリックが素早くロックを解除する。スライドしたドアの向こう側には、訝しげな表情のエレクトロがいた。お邪魔しますと丁寧に挨拶をしながらも、彼は部屋を見回している。ギガデリックは首を傾げた。
「どうした?」
「いや、なんか焦げ臭いと思って」
「あー……」
 ギガデリックの口から不満げな声が漏れる。先ほどよりも不機嫌な表情が向けられて、ARMYはばつが悪そうに頭を垂れた。不思議がっていたエレクトロは、それで合点がいった。ARMYは、また関節を壊してしまったのか。
「モーターが焼けた臭いか」
「懲りもせずに、な」
「だ、だからごめんって……」
「だったら学習しろ」
 完全に低姿勢になったARMYを見て気が済んだのか、ギガデリックは静かに言って工具を取り出した。台に置いた足を迷わず解体していく。その手際の良さに感嘆したエレクトロだったが、彼は自分がラボラトリーへ来た理由を考え、遠慮なしに「ギガデリック」と声をかけた。
「ボルテージが呼んでいる。監理部の自室に来るように、ってさ」
 ボルテージから届いた信号を確認しながら伝える。急ぎの用というわけではないようだが、できるだけ早く処理したい、というメッセージが添えられている。
 見たところ、ARMYの修理はたった今始まったばかりだ。エレクトロにはオートマトンの修理に要する時間がわからない。というより、修理の現場を見たことがない。それは、エレクトロもまたオートマトンであり、彼はいつも、全ての回線を切って、つまり意識のない状態で修復を受けているからであった。
 そういうわけで、作業が長くなるなら先にボルテージの元へ向かうよう指示しようとしたのだが、
「その用件、何かわかるか?」
と問われたので、
「二科の予算と例の研究についてじゃないかな」
と答えたら、
「了解。20分以内には終わらせる」
と言われたので、エレクトロは結局押し黙った。
 言い終わるなり、ギガデリックは手を止めた。すでに縦に真っ二つになっていた足を、細かい部品と共にそばのデスクに移動させる。一度別室に行って戻ってきた彼が持っていたのは、金属が丸出しのままの、コートを施されていない無骨な義足だった。ギガデリックは数本のコードを挿してからそれをARMYに渡し、受け取ったARMYは自分で義足を繋げる。コードのもう片方の先端はコンピュータに接続され、ギガデリックはキーボードをリズミカルに叩き始めた。
 エレクトロは一連の動作を傍観していたが、二人が何をしているのかよくわからなかった。不明瞭な行動が多すぎて、エレクトロ自身では処理できそうにない。
「なあ、アーミィ」
 モニターを見つめているギガデリックには触れず、台の上で暇そうにしているARMYに声をかける。
「その義足はスペア?」
「スペアっつーか、修理用かな。ギガが足直してる間はいつもこれつけてる」
「どうして?」
「修理すんのって結構時間かかるんだよ、だからその間動けるようにって」
「動けるように? 動く必要があるのか?」
 エレクトロが予想以上に食いついてきて、ARMYは言葉を詰まらせた。そこまで問われると、動く必要はない気もしてくる。ARMYはどうにも、他人の意見に流されやすい質だった。あーだのうーだの唸りながら答えを探すが、何も出てこない。
「緊急召集かかったら困るだろ」と、ギガデリック。「他の回線切ってねえのも似たような理由だ」
 会話を聞いていたらしく、背を向けたまま言われ、真っ当な理由にエレクトロも納得する。そもそも、修理中にも関わらず起動したままであること自体が不思議だったので、それも同時に解消できた。
「ま、クソガキに説教できるようにってのが一番だけどな」
 ギガデリックが意地の悪い笑みを浮かべて振り返る。と同時に、ARMYが台から飛び降りた。屈伸とジャンプを繰り返して調子を確かめたARMYは、すぐに「大丈夫」とギガデリックに言う。最後にコードを抜いて、交換は完了。
 コンピュータのシステムを終了させたギガデリックは、デスクに置いたままだった足を別室にしまって、壁の時計を確認した。作業を開始してから14分経っていた。
「時間食って悪かったな」
「いや、いろいろと興味深かった。お礼を言いたいくらいにね」
「ん、じゃあ良かった。アーミィ、ミーティング終わったら連絡する。それまでは自由にしてていいが、壊すんじゃねぇぞ」
「うーい」
 ギガデリックの眉間にしわが寄る。ARMYの生返事が気に入らなかったのだ。ずかずかと部屋を出て振り返ると、ARMYに何やらジェスチャーをする。エレクトロにはそれが何を意味しているのかわからなかったが、ARMYには効果があったらしい。慌てたように「わかったって!」と叫ぶ。その態度に満足したギガデリックは、ニヤリと笑って歩いていった。その隣には、彼の作った目玉が一体ついていた。
 ドアがスライドして閉まる。その途端、ARMYがエレクトロの両腕を勢いよく掴んだ。
「エレクトロ! どうやったらモーター焦がさずに済むんだ?!」
 エレクトロにしてみれば、むしろどうして焦がすまで酷使するのか、こちらが聞きたいというもの。それも、壊しては直して、壊しては直して、と何度も繰り返している。ギガデリックが学習しろと怒るのも当然。
 見上げてくる表情は、危機迫っていてなかなか豊かなものだ。彼にとっては死活問題なんだろうなあと呑気に考えながら、エレクトロはARMYの両肩を叩く。
「わかったから落ち着いて。まず、今回の原因は何なんだ?」
「……グラビティと模擬戦」
 やっぱり。エレクトロの予想通りだった。ARMYが戦場以外で義体を壊す時は、ほとんどがグラビティとの模擬戦中なのだ。その度にARMYに無理をさせないよう言い聞かせるのだが、グラビティも学習していない。反省をしても、頭から飛んでしまうのだろう。グラビティは、いつもそうだ。
「あいつには俺から言っておく。アーミィも自分で調整するんだよ」
「調整?」
「どれくらいの時間でモーターが駄目になるかわかるだろ?」
「ちょっと待って」
 そう言うとARMYは、少し俯いて口元に手をあてた。過去のデータを洗い直している時のモーション、エレクトロは備えていないプログラムだ。とは言っても、会話をしながらでも簡単な処理は行えるし、その時間もさほどかからないから必要ないのだが。
 たっぷり10秒数えてからARMYは、エレクトロを見上げて「11分18秒」と言う。割り出した、模擬戦の平均時間だ。
「意外と短いんだな。じゃあ、長くても10分で切り上げるようにすること」
「わかった」
 よし、と頷いてARMYの頭を撫でる。ARMYはむっとした表情を見せたが、されるままでいる。
「……すごいよな、エレクトロって」
 唐突に、ARMYがつぶやいた。検査台に腰掛けて、足をぶらぶらと振る。揺れる義足が軽い音をたてて、ARMYの顔は不機嫌になった。
「データ処理速いし、アドバイス的確だし、失敗とかしたとこ見たことないし」
 エレクトロを羨んでいるような言い方だったが、彼にはそれがすごいことだとは思えなかった。
「処理速度が速いのもアドバイスができるのも、そういうプログラムがあるから。失敗がないように見えるのは、アーミィが生まれる前にあらかたのミスを犯してそれを全部修正したから」
 プログラムさえあればエレクトロと同じように動ける。時間さえあればミスは無くせる。今すぐにどうにかできることではないし、プログラムの設計はギガデリックが嫌がるだろう。けれど、ARMYがエレクトロと同じになることは可能なのだ。
 それよりも、とエレクトロは続ける。
「俺は、ギガデリックとアーミィの方がすごいと思うな」
 ARMYが疑問符を浮かべて首を傾けた。
 代わりの義足を用意した時、二人に会話はなかったが、接続の準備は息が合っていた。回線を繋ぎ終えた時も、ギガデリックに何も言われなかったのに、ARMYは立ち上がって動作確認をした。よくよく考えれば、ギガデリックが振り返ったのが合図だったのかもしれないが、あの動作は会話の流れで自然に生じたものだとしか思えない。
 ギガデリックの性格を考えれば、どう動くべきか逐一教えるはずがないし、プログラミングするはずもない。
 慣れか、経験か。
「意思疎通に言葉いらずって、俺にとっては不思議だし、すごいことだ」
 少なくともエレクトロは、言葉がなければ自分は何をすべきかわからない。人間のように、空気や状況を読んで行動することは困難なのだ。
 そう説明されても、ARMYはエレクトロの言っていることが理解できず、難しい顔をして唸っていた。

はじめてのムビキャラ…だったかな?
タイトルは#DIV/0!から、0を割り算したときにエクセルで見るやつ。つまり、ないもんはどうしようもないって話。
121019

» もどる